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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



「…は、……まじかよ…」


 ようやく息を零せた天元の口から、乾いた笑いとも取れない音が落ちる。
 鬼が顔形の細部まで変えられることは知っていたが、その過程を一から十まで目にしたのは初めてのことだ。
 それも誰に似ている訳でもない、蛍独自の思考で作り上げた女は、目の肥えた天元でさえ息を呑む美しさだった。


「まぁ、美女だったら花形花魁になれるって訳でもないけど、その足掛かりには」

「派手だな!」

「なる…あ、そう?」

「いいじゃあねぇか、色味は地味だが見た目は派手だ! 気に入った!」

「どっちそれ」


 嬉々として告げる天元の顔面は、心底面白いものを目のした子供のような笑顔だ。
 どちらかと言えば否定される気でいたからこそ、拍子抜けした蛍の口元もくすりと和らぐ。
 その一瞬、まるで背景色が変わるかのように空気ががらりと変わる。
 彫刻のような美しい女に感情が灯ると、こんなにも威力があるのかと天元は次に目を見張った。

 と同時に己の額に手を当てる。


(待て待て待て。俺様ともあろう男が、女の笑顔一つでころっと落ちんな…!)

「…何してんの?」


 ぶんと頸を横に振り、何やら生まれ出そうになった感情を一蹴りする。
 そんな天元を不思議そうに見るも、すぐに蛍は自身の擬態に集中を切り替えた。


「この顔でずっといるのも難儀だけど、他人の前に出るのは夜だけだし。多分、大丈夫かな」

「鬼の変化能力は知ってるが、お前のそれは群を抜いてんな。忍者もできるんじゃねぇか?」

「ほんと? なら忍獣ください」

「いいぜ」

「え」

「んだよ」

「本当にいいの?」

「言い出しっぺが何尻込みしてんだ」


 跳ね返されるとばかり思って両手を差し出せば、天元は返事一つで了承した。
 引っ込める機会を失った蛍の両掌に、とんとネイルで彩られた指が触れる。


「偵察するなら、その橋渡しが必要だろ。鎹鴉じゃ目立ち過ぎる。俺の鼠達が打倒策だ」


 「ただし貸すだけだけどな」と加える天元の肩から、するりと下りた一匹の鼠が蛍の掌に下り立つ。

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