第37章 遊郭へ
「鬼は女子供を好んで喰らう傾向がある。それならこの遊郭で名を馳せるくらいの遊女になった方が、悪鬼は釣れる」
「ほォ…なれんのか、お前に。名を馳せるくらいの花魁」
「馬鹿にしないで。自分の顔でそんな高みまでいけないことくらい知ってる」
「どっちだよ」
しげしげと覗き込んでくる天元から、身を退いて顔を逸らす。
自分の顔面偏差値などわかっていると一蹴すると、蛍は姿勢を正し向き直った。
「でもそれは"私"だったらの話。なら私じゃなければいい」
「は? どういう意味──」
呆れ返っていた天元の表情が止まる。
目の前には、着物以外はどこからどう見ても遊女の女が一人。
静かに目を伏せて口を噤んだ女が、ゆっくりと変貌を見せた。
閉じた瞼から生え揃う睫毛はより長く。
後れ毛を残した髪はより艶を増す。
肌はほんのりと淡く色付いた透き通る絹のように。
胸はより豊かに、くびれはより細く、手先は華奢に。
何より天元の息を呑ませたのは、その顔だった。
眉毛も、鼻筋も、目の大きさも、唇の位置も、輪郭さえも。
本来ならあり得ないはずのじわじわと忍び寄るような肉と骨の動きで、骨格から顔立ちを変えていく。
一見すればグロテスクにも思える変動は、まるで女の絵画が塗り替わるような緩やかな変化に、鮮やかな手品でも見ているかのようだった。
数分か、数秒か。
あまりの人外的異変に、天元自身も体感が定かでない中、蛍はゆるりと吐息を零して呼吸を整えた。
「──どう? これなら見栄えある花魁に見える?」
静かに瞼を開ければ、潤むような奥深い瞳孔が天元を映し出す。
声色は蛍のままだというのに、目の前に立つ女の姿は蛍の片鱗も残していない。
印象を和らげる眉も、形の良い鼻も、愛らしい唇も、惹き付けて離さない潤む瞳も。
意識など向けていなくても目を止めてしまう。
はっと目が冴えるような美しい女が、其処にいた。