第37章 遊郭へ
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目的地である遊郭は、以前蛍が天元と出くわした花街よりも尚広い。
月房屋があった花街は健全な繁華街も隣り合わせに繁盛していたが、今回の夜街は花街のみ。
その名だけで人気を博した、巨大な色欲の巣窟だ。
「ふーーん…」
そんな遊郭の側にある藤の屋敷の一室。
己の顎に手をかけ、品定めするようにじろじろと目の前の女を見る天元は、カナヲを吟味していた時に比べ険しい顔をしていた。
「なんっか、納得がいかねぇ」
「なんで」
不満を包み隠さず声色に出せば、すかさず目の前からじとりとした突っ込みが入る。
その口には艶やかな紅が差され、濡れた果実のような小さな唇は、女が熟した頃合いだと告げているかのようだ。
唇だけではない。
目尻に差し込んだ薔薇色も、頬を上気させたような桜色も、一つ一つが目を惹かせる。
それが肌に乗せた化粧だけでなく、女が見せる仕草一つ一つが原因なのだともわかっていた。
わかっているから、尚のこと不満は残るのだ。
「以前みたくおぼこ作戦じゃ駄目なのかよ」
「…説明は何度もしたけど」
小さく息をつく、天元の目の前に立つ女──蛍は、身に付けている着物こそ落ち着いた色合いのものであれど、後れ毛を残してうなじを晒し上げた髪も、化粧も、全てが遊郭の空気に寄せたものへと作り上げられていた。
それらを施したのは天元ではない。蛍自身だ。
「雛鶴さん達からの連絡が途絶えた理由に、鬼が関与している可能性は高い。天元の手でも尻尾を掴めない鬼なら、相当実力のある悪鬼になる。あんなに広い花街の何処にいるかもわからない鬼を、禿に化けて一から捜していたんじゃ間に合わない」
京都で杏寿郎とこなした初任務と同じだ。
広い京の都で悪鬼を見つけ出せたのは、興味をそそるものを餌としてちらつかせたからだ。
天元が提案したおぼこ作戦では、遊女見習いの禿として、三人の宇髄嫁達が消えた店のどれかに潜入する。
その店がもし鬼と関係のない外れの店であれば詰みだ。
ならばと、遊郭の中をより知っている蛍だからこそ見出した案だった。