第37章 遊郭へ
「なんだァ? 褒め千切る割にはあっさり引き下がったな」
「別に元々、引き留める理由はないよ。カナヲちゃんも任務で忙しいだろうし」
「それに」と口には出さずに、狐面の中から遠ざかる少女の背中を見つめる。
(彼女は、あっちにいるべきだから)
明確なものか定かではないが、炭治郎に淡い好意を抱いているであろうカナヲだ。
今まで感情が乏しかったのも、他人との関りが制限されていたからだろう。
その世界が少しずつ拓けているのだ。
感情を有し、異性を想い、柱である天元と鬼である蛍に自ら声をかけたように、少しずつ踏み出そうとしている。
そんな彼女は、こちらへ来るべきではない。
偽りや愛憎渦巻く、女の世界など。
「それじゃあ行きましょうか。音柱様」
「いきなり取って付けたように敬語なんか使うなよ気持ち悪ィ。いつも通りでいろ」
「…不死川と同じようなこと言ってる」
「はぁ? なんであいつと同じに……まじか」
「? まじですけど」
「へェ…悪鬼滅殺を体現したようなあいつがねぇ…」
「何それ」
「いんや?」
先に歩き出したのは蛍だ。
一歩遅れても悠々と隣に並び追いつく天元が、しげしげと空を見上げながら意味深く笑う。
「あいつと話すネタが増えたってだけだ」
「……」
「なんだよその胡散臭そうなもん見る目は」
「いえ…というか目なんて見えてないでしょ」
「わかるわお前のことなら凡そな。何年のつき合いだと思ってんだよ」
「私以上につき合いが長い不死川相手なら、そんなのネタにしたらどんな反応がくるかわかるでしょ」
「わかるから面白いんだろ。わかってねぇなァ」
「……」
「だからその目やめろっつの」
口調は軽い。
足取りも澱みない。
それでもこれから二人が向かう先は、艶やかな花街──遊郭。
色と欲に塗れた、夜の街だ。