第36章 鬼喰い
深く息を吸う。
じんわりと発熱する肌も、少しだけ霞む視界も、未だ体を翻弄している。
それでも呼吸は少しだけ軽くなった気がした。
稀血の量を半分に減らしていた為かは、わからない。
ただもう少し、この何もない部屋で身を休めても許されるような気がした。
「柚霧」
「? なに」
久しぶりに聞いた名だ。
一呼吸置いて返事をすれば、いやに真剣な表情で、それでも居心地悪そうに頸を掻く実弥がいた。
「あー…さっきのことは胡蝶に言うなよ」
「さっき、って…大した話も、聞いてないけど」
「いいから言うなよ。アイツにもアイツの事情があんだ」
「……」
「無言になんじゃねェ。言うなよつってんだろォ」
「言わないけど……何その差」
「ア?」
「何その気配り。私にはあれこれ突っ込んでくる癖に」
隠達にも恐れられている風柱は、基本的に遠慮などない性格だと思っていた。
だからこそ意外な一面だとつい口に出してしまったが、同胞である杏寿郎には粗暴ながらも理解を示していた男だ。
同じ柱であるしのぶに対しても、思うところがあるのだろうか。
それにしたって不満は残る。
なんだその心配りは。
自分には爪の甘皮程だって見せてこないと言うのに。
珍しいと思う幾つかの発言も、実弥の本心なだけで蛍個人に対して見せた気遣いには思えない。
なんだその顔は。
いつもはかっ開いた瞳孔も落ち着かせれば、随分と端正な顔立ちを見せてくるじゃないか。
(そうだ。柱って皆、大なり小なり容姿端麗だった)
代表格ともなる義勇や天元に埋もれがちだが、大きな傷跡が目立つばかりで、それさえ慣れてしまえば実弥も整った顔立ちをしている。
目尻の長い睫毛も、形の整った鼻筋も、色素の薄く跳ねる髪も、アンバランスなようでしっくりと際立たせている。
「(男前な暴君とか)すんごく嫌だ…」