第36章 鬼喰い
「ァあ? 差も何も、そもそもお前と胡蝶とじゃ天と地の差だろうがァ」
「あ。その顔の方がいい。さっきより似合ってる」
「はァ?」
悪態をつくようにメンチを切る。
その殺気立った表情の方が余程見られるものだと、蛍は大きく頷いた。
男前な暴君など要らない。
暴君は暴君なだけでいい。
「胡蝶には言わないから、ずっとその顔でいて下さい」
「意味不明だが苛立つこと言ってんのはわかんぞテメ」
わなわなと震える実弥の手が、蛍の襟首を掴もうと大股で寄る。
その手が高揚し続ける肌に触れる直前。
『ごめんくださぁーいっ!!』
よく通る知った声が二人の耳を貫いた。
声は玄関先からした。
それでも相手が誰かわかる程に、馴染んだ声だ。
(あれは…)
「なんでアイツが…」
思わず二人して廊下へと顔を向ける。
知った声だが、この藤の家にはいるはずのない声だ。
それが何故、今此処に。