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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第36章 鬼喰い



「でも次って。陽が出ると危ないぞ。何処かに避難した方が…」

「大丈夫です」


 柔らかな朝日でさえも、鬼にとっては命を奪う光だ。
 誰よりも知っているはずの蛍は、村田の忠告を聞き終える前に狐面を逸らした。


「この子がいるので」


 蛍の体を囲うように長い尾がゆらりと下りてくる。
 いつから其処にいたのか。
 朔ノ夜よりも巨体でありながら、存在を消していたその影の獣に村田は目を剥いた。

 ふつふつと体中から揺らぎのような影の火を上げている。
 薄らと見える体中の模様から、虎のような獣に見て取れる。
 ただ瞳だけは鮮やかな朱色を放ち、金輪に縁どられたそれはどこか見覚えがあった。

 果たして、それはどこでだったのか。
 思い出せないが、目が合うと自然と姿勢が伸びる。


「それ…彩千代の新しい術なのか? 初めて見たけど…」

「…そんなものです」

「それがいれば陽が大丈夫って、どういう意味なんだ?」

「…そのままの意味です」


 多くは語らない蛍の、やんわりとした拒絶。
 それ以上は訊くなと言われているようで、もどかしさだけが残る。


「そういえば…さっき、杏って呼ん」

「村田さん」


 問いではなかった。
 ふと思い出した感想のようなものだったが、遮った蛍の声は耳を傾ける気配を既に消していた。


「もう行きます。任務の報告は私からしておきますので、日中は体を休めて下さい」


 止める暇もなかった。
 流れるように一度だけ頭を下げた蛍が、とんと足を踏み鳴らす。
 途端に影の虎が尾の先から蛍の体を纏うように燃え上がり、共に消えてしまった。


「待っ…!」


 手を出した時には、後の祭り。
 後方に待機していたはずの朔ノ夜の姿もなく、ちりちりと空気に消えていく微かな影の火の粉だけが村田の視界に焼き付いた。

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