第36章 鬼喰い
「でもなんで今更、印なんてもの…」
後頭部を掻きながら半笑いで続けた言葉は、形に成り終える前に萎んでしまった。
以前は、蛍の傍らに炎柱がいた。
柱の中でも特に印象強い風貌と性格を持つ男だ。
彼が継子として語っていたならば、印などそもそも持つ必要もない。
日輪刀や隊服を所持しなくとも、鬼である蛍が鬼殺隊の一員だと一目で納得させられたからだ。
それだけ、炎柱の存在は強かった。
それと同時に疑問も湧く。
日輪刀は扱えないにしても、わざわざ面など被らず隊服を着ればいいのではないか。
しかし振り返ってみれば、蛍が隊服を身に付けた姿は一度も見たことがない。
常に身に纏っているのは、黒と臙脂を貴重とした袴だ。
炎柱の羽織のような、はたまた燃える花のような模様が入っている袴には、何か思い入れでもあるのか。
(…そういえば)
炎柱が命を落として、柱の席は一つ空席となった。
本来であれば継子である蛍が継ぐ席だ。
それでも次なる柱の存在は何も聞かされていない。
当然だろう。
鬼を柱などにできるはずがない。
そう即答できるはずなのに、名前の見つからない感情が村田の中で渦巻く。
蛍が手を下した鬼は、まるで炎に焼かれるように滅された。
例え日輪刀を持たずとも、その様は赤々と燃える刀を振るっていた杏寿郎を思い起こさせる。
席を継ぐことはできない。
それでも鬼を滅し続けている蛍の中に、炎柱の片鱗は残されているのだろうか。
「その救急箱は村田さんに預けます。私には必要ないので」
「え?」
曖昧に浮かんだ疑問は、投げかける前に内で萎んでしまう。
問いかけてみたくても、問いかけられない。
二の足を踏んでいた村田に、先に切り出したのは蛍だった。
「使って下さい」
「ちょ、お前は…っ」
「次に行きます。そろそろ陽が昇る」
言われて気付く。
狐の鼻先を上げる蛍に、つられて見上げた村田の視界に広がる空は、徐々に薄くなりつつあった。
もうそんな時間帯なのか。