第33章 うつつ夢列車
相手が蛍だからこそ、進められたことが沢山あった。
同時に蛍だからこそ、躊躇してしまうこともできた。
軽率な行動で傷付けたくはないのだ。
それでも引っ掛かるのは、何故そこまで大事なことを憶えていないのか。ということだ。
〝考えても仕方がないことは考えるな〟
今まで答えの出ない時はすっぱりと断ち切り、次へと切り替えていた。
しかし蛍相手だとその判断ができないことに気付いた。
蛍だから気になってしまう。
答えが出せないからと、割り切れはしない。
何度だって振り返り、彼女の姿を追ってしまうのだ。
時には滑稽で、無様にも映るだろう。
それでもそんな自分が不思議と嫌いではなかった。
人間らしさとでも言おうか。
自分の中にもそんな感情があったのだと、不器用な想いに親しみさえ覚えた。
「杏寿郎もまた作ってみる? 花輪」
頸を傾げて問いかけくる。
蛍の暗い髪の中で鮮やかに光る、銀の飾り櫛が目に止まる。
「…あ。これ? 見た目は華奢そうだけど、結構丈夫だから重宝してるの。普段使いとまではいかないけど…杏寿郎とお出かけする時は、つけてもいいかなって」
杏寿郎の強い双眸が向く先を見つけて、蛍はほんの少し恥ずかしそうに笑った。
二人きりの時はつけていたい。そう告げているようにも聞こえる蛍の言葉は、端から端まで甘く感じる。
つい無意識に伸びた手が簪に触れれば、蛍の顔がほのかにはにかむ。
初めて簪を贈ったあの日の夜を思い出す。
あの時も、こんなふうにほんのりと赤みを増した頬で微笑んでくれた。
己は鬼ではない。
蛍が色褪せないと告げたように、過去を細部まで記憶している訳ではない。
それでも憶えているのだ。
瞬間を切り取るように、その時強く己の心を動かした蛍の姿は。
絵画の如く、一場面のように脳裏に鮮やかに焼き付いている。