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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



(あれからどれ程の時が経ったのか)


 いつかではない。
 今でも鮮明に憶えている。
 初めて蛍に己の想いを告げて、通じ合った日。
 初めて蛍を恋仲として、この腕の中に抱きしめた一夜だ。

 あの日からどれだけの時間が過ぎたのだろう。

 師弟として鍛錬を重ね、鬼殺隊の一員として任務をこなし、また将来を共に歩む存在として愛を育て合った。
 その間に躓くことも幾度もあった。
 迷い、悩み、時にはぶつかり合い、絆を深めてここまで進んできた。

 鮮明に憶えているのだ。
 あの日、白詰草と菖蒲で花輪を作り、誕生日を祝ってくれた蛍の姿を。
 例え何年経とうとも。


「長い道、か…」


 なのに何故、蛍が人間へと戻れた日のことを思い出せないのか。
 ぽつりと呟く杏寿郎の顔が僅かに陰る。

 槇寿郎や千寿郎の姿からして、蛍と出会ってからそこまで長い年月が経った訳ではないことはわかる。
 なのに何故。


「……」


 何か忘れているような気がする。
 頭に靄(もや)がかかるような、そんな曖昧な感覚。


「…蛍、」

「ん? なぁに?」

「……ぃゃ」

「?」

「その花輪、前にも作ってくれたな」

「あ、憶えてた? あの時の杏寿郎、凄く嬉しそうでなんだかこっちまで嬉しくなっちゃった」


 言葉通り、嬉しそうに笑って語る。蛍のその反応に、やはり口には出せないと呑み込んだ。

 鬼から人に戻る出来事など、蛍にとっても自分にとっても一世一代の出来事だ。
 生涯に一度きり、これ程大きな転機は早々ないだろう。

 そんな出来事を自分が忘れているなどと伝えたら、蛍はどんな顔をするだろうか。
 蛍のことだから怒りはしないだろう。許される気もする。
 それでも悲しませてしまうことには変わりない。

 思い出すように問いかける方法で、やんわりと訊き出せることもできるかもしれない。
 しかしもし下手をして、問いの真意が蛍に知られてしまったら。それこそ大きく傷付けてしまう。


(それだけはしてはいけない)

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