第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
昔から、何かと千寿郎とは共によく寝ていた。
母を早くに亡くし、頼れるはずの父にも遠ざけられた結果だ。
詳細を理解できる頭はなくとも、子供の体は過敏である。
母が消えて光を失くした広い家の中で、千寿郎は夜泣きをすることも多くなった。
故に自然と毎晩共に寝るようになったのだ。
杏寿郎自身も、まだ幼かった頃だ。
柱以前に、自分は果たして鬼殺隊になれるのか。
家の柱のような存在であった母を失い、文字通り大黒柱である父の姿も失い。
以前は煉獄家で働いていた女中も皆、槇寿郎が拒絶して遠ざけた。
度々鬼殺隊関係者が様子を見に来てくれたが、その度に槇寿郎の感情も激しくなる。故に毎日の世話など頼めるはずもない。
鬼殺隊になる以前に、この途方もなく広く暗い家で自分は生きていけるのか。
そんな漠然とした先の見えない不安に苛まれるようにもなった。
『……』
『…あにーぇ…』
『ん?…起こしてしまったか。すまない、千寿郎』
日中、鍛錬や家事に追われている時は不安を思い起こす暇もない。
それはいつも寝静まった夜にやってくる。
悪鬼の蔓延る闇夜の深さを、感じさせるように。
じわりじわりと杏寿郎の心を見えない力で蝕んだ。
幼い千寿郎を抱きしめて、一睡もできずに目を見開いていた。
身動ぐことはなかったが、幼い子供の体は過敏だ。
故に起こしてしまったのか。
『ほら、千寿郎はまだ寝ていろ。夜は長い』
鬼の蔓延り、心を覆い尽くす夜は。
暗闇でも慣れた瞳は近くにある幼い顔を映し出す。
自分と同じ、金輪の瞳は幼く丸い。
夜の灯火のように存在感のある瞳は千寿郎とて変わらず、じっと向けられていると心が逸る。
だからだろうか。
『あにーぇ…ねんね』
『ねんね、だな。俺もすぐに寝る。だから…』
『ねんね。ねんね』
いつものように笑い返せば、安心した無垢な笑みを向けられはしなかった。
もぞもぞと顔を胸に押し付けるように寄り添って、ねんねと繰り返す。
四歳を迎えた千寿郎は、成長を支えてくれる母が傍にいないばかりに言葉にまだ拙さが残る。
そんな事情は同じに幼い杏寿郎にはわからない。
ただ腕の中にある幼くも確かな温もりだけは、強く実感できた。