第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
勿論、カナヲ達を否定したい訳ではない。
しのぶとの絆を表すような蝶を模した髪飾りは素敵なものだと思えていたし、それでカナヲは立派に任務をこなしているのだから尊敬もする。
ただ自分は、もし大きな髪飾りに一瞬でも視界を奪われて任務でミスをしてしまったら後悔しか残らないだろう。
故に着飾るのは任務外だけでいい。
そう考えていた。
だからこそ疑問だった。
杏寿郎の焔髪は、色合いもそうだが癖も強い。
長髪となるとあらゆる方向に波打つ髪は、傍から見る蛍の視界すら偶に邪魔をする。
額から反り上がるような髪形をしていても、横顔を時に埋もれさせるようなもみ上げも髪先も邪魔ではないのだろうか。
ほとんど一瞬で終わる杏寿郎の鬼退治だが、時に激しい戦闘も行う。
ふわふわと視界を舞うような杏寿郎の髪型は好きだったが、純粋にそんなことを感じていた。
「そこには、理由があったんだ」
「うむ。気付いてもらえたか」
感心混じりに呟く蛍に、杏寿郎が笑顔を向ける。
戦闘で炎のように靡く焔髪は、正にその通りの主張をしていたのだ。
鬼を引き付け、他者に目を逸らせない為に。
「でも必ず頭部は後ろで一つにまとめているよね」
「俺の髪は見ての通り、中々に言うことを聞かない。ここだけは縛っておかないと左右の視界も悪くするからな」
少なくとも目線周りを開けさせていれば、ほとんど応用が利く。
杏寿郎なりの最低限の譲歩だ。
「だから鬼殺隊に入ってからはずっとこの髪型だ。特に誰かに何を言われた訳でもないが、自然と己の中で定まっていたことだな」
「じゃあ、千くんや槇寿郎さんは」
「二人にも特に話したことはない。父上の反応は想像に難くはないし、千寿郎は…あの子が俺と同じ道を歩むことになった時にでも、知ればいいことだ」
鬼殺隊としての覚悟やけじめと言う程のことでもない。
杏寿郎が自身の中で定めた単なる決まり事だ。
それを偉そうに語る気もなかったし、果たして千寿郎が同じ鬼殺隊に所属する身となっても口にするかはわからなかった。
些細なことだが、我が身を主張する"色"を鬼の餌にするのは、己の足を引っ張る行為だ。
できれば千寿郎にそんな真似はして欲しくはない。