第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「〝煉獄〟の名を持つ者の証のようなものだと、この焔色の髪を誇りにも思っている。だが代々我が家系が伝統を重んじてまでこの色を継いできたのは、鬼殺隊の本質にあるのではないかと」
「というと…」
「人の目を引くものは、鬼の目も引き付ける。向こうから出向いてくれるなら、正に渡りに船。その為のものだということだ」
「…それって」
「うむ」
焔色の髪を見つめていた蛍の目が変わる。
蛍の思考を汲み取った杏寿郎は、その通りだと頷いてみせた。
「蛍も知っていると思うが、鬼にもそれぞれ嗜好がある。女性子供は特に狙われ易い。若い肉体や、人の世でも立場の弱い者が悪鬼の牙にかかってきたのを多く見てきた」
童磨は女しか喰らわない鬼だった。
初めて蛍が対峙した華響という京都の鬼もまた、美に固執していたが、どちらかと言えば女を好んで狙っていた。
たった数年、鬼を知っただけの蛍でもそうなのだ。
杏寿郎は長い年月、更にその目で沢山の弱者が狙われる様を見てきたのだろう。
淡々と語る杏寿郎に、蛍は口を閉じて静かに耳を傾けた。
「鬼の目を欺く程ではないが、その嗜好を僅かにでも己に向けさせることができれば。その分、刃も届く。その分、救われる命もある」
「……」
「鬼のような術は使えないが、人である我らにもできることはある。故にこの焔髪は煉獄家の男児のみが受け継いできたものなのだろうと」
杏寿郎の顔立ちや立ち振る舞いも印象深いが、遠目でも目立つのはまずその鮮やかな髪だ。
共に鬼殺隊本部を出て各地を転々とするようになり、尚の事蛍も実感していた。
この目で実際に見たからこそ、杏寿郎の今までの行動に合点がいく。
「……実は、不思議に思ってたんだけど…」
「なんだ? 言ってみてくれ」
「杏寿郎の、その髪。任務中ずっと下ろしているけど、邪魔じゃないのかなって」
蛍自身、その為に任務中は常に玉簪で髪を一つにまとめている。
カナヲやアオイのような髪型を可愛いとは思えても、それ以上に任務に支障が出るなら避けるべき。と考えてしまうのが蛍の性格だ。