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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



 頭を包む腕は華奢。
 吸い込まれそうに柔らかな胸は儚い。
 髪を時折梳いて撫でる指先は、折れてしまいそうな細さ。

 何を取っても自分とは似ても似つかない可憐な体だ。
 鬼であることを除けば。

 なのにその小さな抱擁の中にいると、いつも言いようのない安心感に包まれる。
 寂しさや悲しみは生まれない。
 ただただあたたかく微睡む心地良さ。

 何があっても、この腕の中なら大丈夫だと思えてしまう。
 この温もりの中だけは、自分だけの浄土なのだと。


「ううむ…」

「ん? どうしたの?」

「俺は…君にこうして包まれると、すぐに腑抜けた男になってしまう…」


 まるで広く大きな無償の愛に包まれているような。
 そんな蛍の温もりに浸る度に、実感する。

 欲も見返りもない。
 赤の他人であったはずの相手から、こんなにも無垢な愛を受け取ったことはなかった。


「ふふ。それはいけないことなの?」


 胸の間から見上げてくる杏寿郎に、愛おしそうに目を細めて笑う。


「私の前では、いくらだって腑抜けてくれていいのに」


 寧ろそんな杏寿郎だから愛おしいのだと。そう言葉にせずとも笑う声から、和らぐ目元から、伝わってくる。
 蛍の姿にとくりと胸が心地良く鐘を鳴らした。

 とくん、とくんと鳴らして告げる。
 目の前の女性に今一度恋をするような、そんな鐘の音(ね)。


「そんな杏寿郎も大好きだよ」


 風呂上がりに下りていた前髪を優しく指で撫で上げられて、広がる額に口付けが一つ落ちてくる。


「…蛍に…」

「ん?」

「そうして、頭を撫でられるのが好きだ。なんだかくすぐったくて、でもとても心地良い」

「こう?」

「偶に…こうして、抱きしめられるのも好きだ。俺の腕の中に簡単に隠れてしまう君の体の儚さも好きなんだが…包まれる側になるとわかる。この腕の大きさが」

「そう?」

「ずっとこの中にいたい」

「そっか」


 口付けをきっかけに、ぽつりぽつりと小雨のように降り落ちる。
 杏寿郎の裸の想いに、蛍は優しく相槌を打ちながら耳を傾け続けた。

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