第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
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「さぁさ、ごゆるりと味わって下さいねぇ」
「おお、これは大変な馳走だ! ありがたい!」
「炎柱様は人一倍お食事をなさると聞いておりましたので。皆で腕によりをかけて作らせてもらいました」
居間の机に並べられた料理の数々。
てんこもりの天婦羅や魚の活け造りなどが目立つ中、小鉢だけでもずらりと数十種類もの数がある。
まさに馳走と呼べる目の前の料理に目を輝かせる杏寿郎に、小柄ながら長年の腕か、さくさくと全て運び終えた老婆が曲がる背中を尚曲げて会釈する。
「継子様は鬼故に人の料理は口にしないと。ただこちらはお口にできるとお聞きしたので、ご用意させて頂きました」
「そんな、こちらまでお気遣い頂かなくても…っ」
「いえいえ。貴女様も鬼殺隊のお一人。私達が助力すべき御人です。微力ですが、おもてなしさせてくださいませ」
わたわたと両手を振る蛍に、にこりと柔い笑みを返す。
年の功とでも言おうか。
相手は子供のように小柄な老婆でも、その邪気のない笑みを向けられると細かいことは流しても良いかと思えてしまう。
(だからと言ってさっき見られたことは早々流せないけど…!)
ただそれとこれとは別の話。
未だに胸の奥で巣食う羞恥心を拭いきれずに、蛍は赤い顔を背けると、くっと歯を食い縛った。
杏寿郎と共に、今現在は藤色の浴衣姿。
藤の家に辿り着いて時間は十分に経っていた。
お食事をと家の者達が気遣っても不思議ではない時間帯だ。
その為追い返すこともできず、急いで着替えて料理と共に老婆を迎え入れた。
次々と料理が並べられていく間、杏寿郎の腹の虫も盛大に鳴っていたのだ。
これはもう完全なる食事の時間である。
「それでは、また何かありましたらお呼び下さい」
「ああ。そのことだが、御尊老殿」
「はい」
「次に用事がある時はこちらから鎹鴉を飛ばす。それまで部屋には足を向けぬよう、皆に伝えておいてくれないか」
ぽけ、と杏寿郎を見上げた老婆だったが、すぐに柔い笑みを向けると深々と会釈を返した。
「わかりました。ではお食事の皿は明日にでもまた、片付けに来ましょう」
「うむ。こちらこそお気遣い、感謝する」