第24章 びゐどろの獣✔
無数の顔に紛れて、一瞬目が合ったような気がした。
つり上がった細目に、狐のような顔。
一度たりとも忘れたことのない、それは。
(与助──…!)
姉を殺した男の顔だ。
「っ…!」
「きゃ…っ?」
「わ、何…っ」
ぶわりと全身の産毛が立つ。
しかし与助の顔は、すぐに人混みに紛れてしまった。
咄嗟に目の前の人混みを掻き分ける。
腕で押し退け、無理矢理に体を捻じ込み、前へ前へと蛍は直進した。
(今度は逃がさない!!)
血眼に探す両の眼が、きりきりと縦に割れる。
与助を見た場所まで辿り着いたが、肝心の男の姿はない。
右を見ても、左を見ても、前も後ろも見知らぬ顔だらけ。
「っ何処に…ッ」
やはりこの村に潜伏していたのか。
しかし何故この村にいるのか。
となると与助の持っていたあの髪飾りは、やはり八重美のものなのか。
そんな思考など回らない。
ただ今すぐあの男を見つけ出したかった。見つけて、思い知らせてやるのだ。
自分と自分の姉が感じたものを。
竹笠の下で渦巻く殺気が、皮膚を伝いじわりと滲み出る。
「!?」
急に視界が、ぐんと揺れた。
強い力で後方から肩を掴まれたのだ。
反射的に掴んだ手首を握り捻ろうとすれば、荒い舌打ちが耳元で鳴る。
「こんな所で暴れんなよなァ…!」
「!…っ不死、川」
捻り上げるよりも早く、その手も上から鷲掴まれる。
有無言わさぬ力で押さえ付けてきたのは、一度離れたはずの風柱だ。
振り返った蛍の顔を真正面から睨んで、クソと詰(なじ)る。
辺りは無防備な一般市民だらけ。
それも肌と肌が触れ合いそうな程に近い。
こんな所で蛍に暴れられては、困るどころではない。
「こっちに来い」
「っちょ…っと、待って今…ッ」
「いいから来い!」
幸いにも、荒立つ実弥の声は周りの熱気に掻き消された。
村人達の目は、見事な神輿渡御に釘付けのままだ。
その中でただ一人、必死に周りを食い入るように見渡す蛍の腕を掴んだまま、実弥は人混みから離れるように引き摺り出した。