第22章 花いちもんめ✔
視界が弾けて目の前もよくは見えない中で、光の中に立つ人影を見た。
太陽のように眩しく、暖かな陽だまりがよく似合う。
鬼である自分にはとても行き着けない所に立っている、その人。
それでも足を止め、振り返り、手を差し伸べてくれたのだ。
優しくも強い笑みを称えて、鬼である自分を"人"として見てくれた。
(杏──)
床に爪を立てる手が、何かを縋るように指を開く。
しかし空(くう)を握るばかりで何も掴めない。
その手を上から握り締めたのは、同じく鋭い爪を持つ鬼の手だった。
「はあ…すっごくよかったよ。蛍ちゃんの身体」
力無く伏せる蛍の上で身を起こした童磨は、ぺろりと唇に付着した血を舐め取った。
やはり不味い。しかし他の鬼の血のように、吐き気を催すまでではない。
「…っ……じゅ、ろ…」
「ん?」
掠れた声が紡いだ、途切れ途切れの名。
よくは聴き取れなかったが、初めて聞いた泣きそうな感情の声に察しはついた。
「それ、蛍ちゃんを囲ってる人間の名前かな?」
耳元で囁かれた問いに、蛍は我に返るような気持ちだった。
縋っても、此処に杏寿郎はいない。
上弦の鬼という脅威がいるだけだ。
(だ、め)
頭の中から杏寿郎の残像を追い出すように、固く目を閉じる。
ここで童磨に柱の情報を明け渡してはいけない。
なんの為に体を張ったのか、全ての行為が水の泡と化してしまう。
「も…離、して」
「えー。こうしてくっついているの、気持ちよくないかい? 俺はもう少しこうしていたいなあ」
どうにか掠れた声を絞り上げても、簡単には解放されなかった。
背後から抱き竦められて、力の入らない表情筋が強張る。
杏寿郎の時は些細な肌の触れ合い一つにも愛おしさを感じたというのに、今はただただ嫌悪しか感じない。
(…気持ち悪い)
腹の底に感じる欲の名残りに、吐きそうな感覚はあると言うのに。
同時に持て余すような熱を下腹部に感じて、そんな自分にも嫌悪した。