第17章 初任務《弐》
良くも悪くも、煉獄杏寿郎は異性の外見や身形に一喜一憂するような男ではなかった。
美しいという感覚はあれど、そこに特別な感情を抱くことはついぞ無い。
尊敬の入り混じる熱い眼差しで見つめていた美貌は、母である瑠火だけだった。
故に継子時代に初めて蜜璃が鬼殺隊の隊服姿を披露した時も、今にも零れ落ちそうな胸の谷間に千寿郎が顔を赤くする隣で「あられもないな!」と言い放てたのだ。
(やはり奇病が関連しているのか)
今も尚、その双眸は見るべきものを捉えている。
「花吐き病を患った者ではないな。その匂いを何処で」
纏わせて来たのか。
問おうとした言葉は続かなかった。
くすりと女の唇が笑う。
「 御 用 の な い も の 」
開いた口から紡がれる歌。
その口の中に並び立つ形の良い歯は全て、真っ黒に塗り潰されていた。
"お歯黒"と呼ばれる化粧は、風習のある場では見慣れた光景だ。
ただ真っ黒に塗り潰されていたのは歯だけではなかった。
「 通 し ゃ せ ぬ 」
ゆっくりと長い睫毛を逸らし開かれる瞳。
限界まで見開いたその瞳の奥には、眼球も眼孔もなかったのだ。
ぽっかりと穴を開けた空洞。
何処までも続く闇が、そこには存在していた。
(──鬼か!)
シィ、と杏寿郎の口から呼吸の初動が零れる。
判断から踏み出すまで一秒ともかからなかった。
呻る炎音。
まるで連なる篝火が一筋の道を切り開くかのように。
抜刀し振り抜いた刃が、女の頸を横一閃に斬り裂く。
「!?」
手応えはなかった。
本来ならば、通り抜け様に鬼の頸を断ち切っている炎の呼吸技。
壱ノ型〝不知火〟
しかし女の後方に足を止めた時、杏寿郎の視界からその姿は消えていた。
(今の一撃を躱すとは)
十二鬼月とは違い、数字を持たない鬼ならば概ね壱ノ型で片が付く。
そうでないとするならば、手練れの鬼か。