第17章 初任務《弐》
この世のものではない存在。
霊魂の存在は、決して架空のものではないと杏寿郎は思っていた。
人であれば死に至る程の怪我を負っても、脅威の力で蘇生する鬼が存在するのだ。
霊と呼ばれる存在がいても可笑しくはない。
それがもし、霊ではなくこの場に住まう存在ならば。
此処は神聖なる神域。
鳥居のトンネルを潜り終えていない為、我が身はまだ稲荷山の中に在る。
女の歌の通り、此処は天神様の通り道。
相手によっては日輪刀を振るうことはできない。
「もう一度問う。君は人か、鬼か、それとも別の何かか。返答によっては刃を向けねばならん」
後一歩、女が踏み出せば刀の切っ先が届く範囲となる。
杏寿郎の問いの意味を知ってか知らずか、女は頸を傾げるばかり。
元々会話など交えられない次元の相手なのかもしれない。
「ならば、せめてその顔を見せてくれないか」
鬼ならばその独特の気配で見抜くことができる。
蛍を見失い、女が現れてから一変した空気。
そこに呑まれないようにと声をかけ続ける杏寿郎に、女はぴたりと動きを止めた。
「後生だ」
今一度頼み込んでみると、ようやく額まで上げられていた手がそろりと下る。
白い袖に隠れていた顔が、杏寿郎の眼下に晒された。
女は美しい顔をしていた。
昼間に訪れた花吐き患者の女も、病に侵されながらも美女の名残りを見せていたが、比較にならない程の美しさだった。
両目は閉じられ、瞳は見えていない。
しかし白い肌に影を落とす程の繊細で長い睫毛に、凛と通った鼻筋。彫刻家がその為に刻んだかのように、眉も唇もその顔に落とす影一つでさえ、望まれた形で嵌(はま)っている。
男であれば誰もが息を呑み目を見張るであろう。
それは杏寿郎も例外ではなかった。
(この匂いは──)
しかし杏寿郎が気を止めたのは女の顔にではなかった。
女が顔を見せた途端、鼻を掠めた香り。
甘く誘うようなその匂いは、昼間蛍が「甘い」と呟いていた赤八汐と似た香りだったのだ。