第17章 初任務《弐》
しゃらん、しゃらん。
儚げな音は、杏寿郎が向かっていた出口方面からする。
足はその場から動かさず、目を向ける。
今の今まで人の気配などなかった。
しかし鳥居のトンネルの奥に立っていたのは、一人の女。
しゃらん、しゃらん。
ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる度に、黒髪に差し込まれた二連簪が花飾りを揺らす。
鮮やかな花々が折り重なる美しい飾りだった。
一見真白に見える着物には、白糸で細かな辻が花(つじがはな)が刺繍してある。
なんとも目を惹く女だった。
ただその顔は、額まで上げた片袖で隠されており見えない。
「見ない風貌だが。この土地の者か」
音もなく静かに歩み寄ってくる。
灯りも持たず、白い着物がぼう、と暗闇で光を灯すかのように。
杏寿郎の問いに、女は袖で顔を隠したまま絹糸のような黒髪をほんの少し傾げた。
「 通 り ゃ ん せ 」
返されたのは、問いへの返答ではない。
「通るつもりではあるが仲間と逸れてしまったようだ。女性を見なかっただろうか。臙脂の袴を着た、緋色眼の女性だ」
「 通 り ゃ ん せ 」
「む。よもや俺の声は届いていないか! 連れ立った女性がいる! 彼女を見つけるまでは──」
「 此 処 は 何 処 の 細 道 じ ゃ 」
もしや声が届いていないのかと、張り上げ尚問いかけた。
杏寿郎のその声を遮ったのは、歌うような憂い声。
「 天 神 さ ま の 細 道 じ ゃ 」
否、歌そのものだった。
ゆらりゆらりと袖を揺らし、しっとりと歩み寄ってくる。
見えぬ口元から紡がれるは、杏寿郎も一度は耳にしたことがある歌だった。
「 ち っ と 通 し て 」
遊び歌ともして知られる童歌。
幼い頃に、弟の千寿郎と遊び歌ったこともある。
「 下 し ゃ ん せ 」
無機質なようでねとりと這うように奏でる女の声。
この歌は、こんなにも肌を寒くさせるような歌だっただろうか。
「道を譲りたいが、その前に訊かせてくれ。君は鬼か」
灯りを手放すと日輪刀の鞘を握る。
問えば、女は再び頸を傾げた。
(いや、それよりも)
肌を撫でる生暖かい風の中で、杏寿郎は笑みを消して問いかけた。
「君は、人間か?」
最も疑問視すべきことを。