第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
弾けた煙玉から、あっという間に白く濃い煙が溢れ出し、広間を満たした。
ごめんなさい…!
本当は使いたくなかった。こうなることを予想していたわけではないけれど、なんとなく忍ばせて持っていた革袋。
少しずつ後ずさりながら、桜は慎重に広間の出入り口へと向かう。間違って誰かとぶつかりでもすれば、逃げられない。
「桜、どこだ!?」
「げほげほっ」
右往左往しながらも、桜の方へと近づいてくる影がいくつか視認できる。ということは、桜の影も見えてしまっているということだ。
念のため、もう一つ煙玉を放る。どん、と少し遠くで音がして、新たな煙がもうもうと立ち込めた。
「桜、出て来いッ!!」
「なんかこれ、目にしみる…っ」
「早く障子開けろ!」
混乱し続ける武将達を尻目に、桜は広間の出口へたどり着いた。襖を開け、誰もついてきていない事を確認、そして。
あ、そうだ。
煙玉を使い果たした桜は、革袋を逆さまにして振った。バラバラと、畳の上にまきびしが散乱する。これで、桜ももう、広間へ戻ることは出来ない。
「さよなら」
小さな声で呟いて、桜はわき目も振らず城を出た。後は待っている謙信と合流すればいい。
「場所…」
分かるな、と言われて思わず元気よく返事をしたのはいいけれど、正直自信がなかった。
「丘だと思うんだけどな」
立ち止まっている暇などない。小走りに城から離れ、技能大会の会場だった桑畑のそばを行くと、木に誰かがもたれて桜を見ている。
「ああ、桜。遅かったな」
「み、光秀さん…!?」
え、嘘…だって…。
桜が煙玉を投げる瞬間まで、光秀は確かに広間に座っていた。桜より先にここへ来ることは、どう考えても不可能のように思える。
「ど、どうやって…」
「俺の位置から、お前が何か隠しているのが見えたんでな。身構えていただけだ」
にやにやと笑いながら、のんびりと話す光秀に、桜はがくりと首を垂れた。