第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
「桜様…本当ですか」
「そうなれば、桜は俺たちの敵だ」
失望したような三成の顔と、秀吉の言葉に心が抉られる。何も言えずにいる桜に、信長がぴっと扇子を向ける。
「この城やそれ以上の事を詳しく知っている貴様を、おいそれと春日山へ行かせると思うか」
「話したりしません…信じてもらえないかもしれませんが、信長様達だって、私にとってはとても大切なんです」
「どうだかな…愛する男から尋ねられれば、口を滑らせそうだが」
「そんな…っ」
いつもの意地悪な笑みに冷たさを加えて、光秀が桜を見た。説得は難しいだろうと思っていたけれど、まさかこれほどまでに全員から袋叩きにされるとは。
「秀吉、桜を捕らえろ」
「え…!?」
弾けるように、命令を下した信長を見た。その瞳には今、敵を見る冷淡な感情しか伺い知ることが出来ない。
「数日すれば頭も冷めよう。それまで、牢にでも閉じ込めて出すな」
「は」
「ひ、秀吉さん…」
無茶苦茶な命令が下れば、少なくともそれが桜に関して不利益ならば、必ず守ってくれていた秀吉が。
静かに立った秀吉につられて、桜も勢いよく立ち上がった。思わず後ずされば、周りの武将達も腰を浮かせる。
「大人しくしてろ、桜。どうせ上杉に誑かされただけなんだろ」
「触らないで!」
自分でも驚くほどの大きな声が、広間をびりびりと震わせた。桜へと伸ばしかけていた手を、秀吉がぴたりと止める。
「いつも私を守って頂いて、皆さんには感謝しています。でも、私は小さな子どもじゃありません。生き方くらい自分で決めさせて欲しい…!」
「桜」
宥めるような声が、政宗から漏れた。けれど桜は、いたって冷静だった。声を上げながら、さりげなく袖に手を入れる。
「たとえ敵でも、愛した人と一緒にいたいの。邪魔するなら…秀吉さんも皆も、大嫌い!」
目を見開いた秀吉が何か言おうとした瞬間、広間が爆音と煙に包まれた。桜が隠し持っていた煙玉を、力いっぱい投げたのだ。