第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
屋敷に一人残った桜の姿を見て、政宗達は拍子抜けしたようだった。念のため屋敷の中をくまなく捜索して回ったけれど、結局謙信の姿は見つからず。
部下たちはそこで解散となり、相手がおらずに不満そうな政宗と、この上なく不機嫌そうな秀吉に挟まれて、桜は大人しく城への道を辿る。
「あの…ごめんなさい、心配かけて」
「…お前、風邪はもういいのか?」
「うん、大丈夫」
夜勝手に城を抜け出したりしたことは、完全に桜が悪い。謝罪の言葉を口にすれば、秀吉の視線がジロリと突き刺さる。
桜の言葉に嘘がなく、確かに体調が回復していることを見て取った秀吉は、小さく息を吐いた。
「お前には聞きたい事が山ほどある。いいよな?」
「…うん」
きっと桜が皆に話したい事と一致するのだろう。政宗の言葉に素直に頷く。時間がない今となっては、どちらにせよ都合がいい。
「広間に行く前に、部屋に寄らせて」
城へ入りそう願えば、秀吉達がご丁寧に部屋の前までついてくる。着替えるからと襖を閉めて、部屋をぐるりと見回した。
「あった、これ…」
革製の巾着袋を部屋の片隅から拾い上げ、中身をあらためて頷いた。適当な着物に手早く着替えると、深呼吸。
「よし」
秀吉達の待つ廊下へと足を踏み出しながら、部屋を振り返った。日々過ごした安らげる場所を、その目にしかと焼き付けて。
「入ります」
二人に連れられ広間に入った桜は、思わず入口で立ち尽くしてしまった。
下座に居並ぶ武将達のみならず、信長までもが桜に刺すような視線を向けている。出会ったばかりの頃ですら、皆が桜をそんな顔で見ることなどなかったというのに。
「ほら、座れ」
政宗に後ろから押され、ようやく桜は何とか腰を下ろした。ピリピリとした空気に、手にはじっとりと汗が滲む。