第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*
桜の横に寝ていた謙信が、おもむろに体を起こした。抱きしめていた腕で桜の体を仰向けにすると、そのまま覆いかぶさる。
「な、何ですか!?」
「愛する女とすることなど、決まっているだろう」
「そ、そんないきなり…!」
どうにか反論をして、謙信の行為をやめさせたいけれど、言葉がなかなか口を出ない。
愛する、なんて台詞のせいで頬は緩むし、見下ろしてくる妖艶な笑みに心が騒ぐ。それでも何とか両手で謙信の胸を押し返し、抵抗の意思を示した。
「お前が俺を誘うからだ」
「誘ってませんけど…!」
「見ていただろう、ずっと」
この眼で。
桜にしか聞こえないほどの、囁くような甘い声。
謙信の左手が桜の目元に触れ、そのままゆっくりと頬を撫でていく。親指が下唇をなぞり、柔らかさを確かめるように動いた。
「け、謙信様、待って下さい…っ」
「何だ」
桜は、自分の顔を覗きこむ燃えるような瞳に気圧されないように視線を反らした。触れたままの胸元辺りをじっと見ながら、必死に言葉を探す。
「もう朝ですし、起きないと…っ、それに私、夜黙って城を出てきてしまったので…」
「何を言ってる」
「え…?」
低い声に初めて顔を上げれば、不快そうに眉を寄せた謙信と目が合った。桜の抵抗など物ともせず、無理やり体を沈めて口づける。
「んぅ…!?」
突然の事に目を開いたままだった桜は、慌てて手で押し返そうとした。けれど謙信にその手を容易に捕まえられてしまい、すぐに身動きが取れなくなる。
謙信の荒々しい口づけに、次第に桜は翻弄されだした。唇を舐められ、甘く噛まれて。たどたどしくも必死に応えていくうちに、生理的な涙で目元が濡れる。
「この俺から離れるなど、許すと思うか?」
「わ、たしはッ…」
「まだ言うか…」
うるさい、とばかりに再び唇を塞がれて、桜の意思など全て奪い去って行くかのような濃厚な口づけが続く。
「謙信様…」
「…桜」
酸素の足りない頭で謙信を見上げれば。見つめ合う二人の時が、止まる。