第26章 帰郷
「…お前も本当に面白いよな?普通、こんな綺麗な女にあんな迫られ方したら我慢きかずにそのまま抱くぞ?世の中の野郎共なんざ」
『は、?いきなり何を…』
「けど、そういう行為に及ぶまでに腹が立つほど時間も根気もいった野郎が今、お前の目の前にいるだろ?」
中也の言葉に目を丸くする。
そうだ、そういえばこの人もそうだった…そういうところでなぜか私を遠ざけて、相手にしてくれない時だって。
私のことなんかなんとも思ってくれてないんじゃないかって、こんなに想ってるのは私だけなんじゃないかって、痛いくらいに思い悩んだ。
『…でも中也さんは頭がおかしい、から……私のこと好きすぎて、できなかったんでしょう…?』
「そうだな、何より大事にしてやりてえし、順序や関係性ってもんがあった。…なあ、分かるか?大事に思えば思うほど、簡単にそういうところに踏み込めなくなるんだよ…今回はお前が勇気を出してやってたみたいだけどな」
ぽんぽん、とまた頭を撫でて、しかしそれでもアイスをくれる気はまだないらしい。
『嫌な話してもいい?』
「いいぞ?ぜんっぜん嫌じゃねえから」
『それはそれでなんか複雑……あの人ね、私の体が造り変わってから…』
ただの一度も、唇に口付けることをしなくなった。
元よりそんなにするような人じゃなかったけれど…
生前と位置づけられる存在であったころの私の心、丸ごと盗んでおいたくせして、いざ一緒にいられるようになったらそんな調子。
けど、理由だって知っていたから何も言えなかったし、どうにもできないって分かってて。
「まあ、なんつうか…愛人ってのも大変なんだな?…身体も心も、あの人が愛してたままのお前なだけに」
『…聞いたんだ、私のこと。…記憶なんかなくなっちゃえば、楽なのに……何度も思ったし、考えた。なんで私を見てくれないんだろう、なんで私じゃダメなんだろうって』
自分を一番にしてくれないその理由が、私のためだなんて…自分が一番叶わない存在が、死ぬ前の自分だなんて。
『だから、見ないふりだっていっぱいした。迷惑かけちゃダメだからって、いい子でいないといけないからって…なのに、私の大事な人達は皆して私の前からいなくなる』
「!!…それが魂魄消失事件ってやつか」
『…誰も悪くないの。私が生まれさえしなかったらあんなことになんか…ならなかった、のに』
