第26章 帰郷
「う、浦原さん…あんた澪に何したんだ?」
黒崎さんの声がする。
それに反応して、返事を卒なく返してみせる。
「うーんと…まあ、思い当たる節しかないもので」
そんなものは口先だけのもの。
どれが原因なのかが本当に分からない…
彼女や中原さんの意思を尊重して気遣うことだってやめるようにした。
それから、彼女にはこれまで通りにちゃんと接して、向き合っていかなくちゃって考えて…
行為におよびきる前に眠らせたのは、自分がそれを忠実に守るためだった。
彼女が彼女であった生前に、彼女のことを一途に愛し続けたただの死神…そんな存在がいたっていい。
じゃなきゃ、あまりにもあの子が報われない。
…それで良かったはずなのに、どうして。
「今回はさすがのお主にも堪えたようじゃのう?…じゃが喜助、澪は…今は蝶じゃったか」
あの子は今、“あれ”を半分に分けている状態なのじゃろう?
夜一さんの言葉にハッとする。
元々、感情というものに乏しすぎた彼女のためにと、少しだけ感受性を豊かにするよう造ったもの。
それが、二十年…二千年弱も培われ続ければ、それはとんでもない代物へとなってゆく。
そう、自分自身の存在さえもが自分で認識できなくなる恐れがあるほどに…才能も感情もセンスも、そして適合性も持ち合わせすぎていた彼女だからこそ。
そしてそれが半分になって、ようやく落ち着き始めた頃だったのだろう。
感情がひとり歩きして暴走しすぎることがなくなったかわりに、今度は自身の感情が認識できるようになってきた。
それから、またたくさんの感情を知って、教えられて…
ただあの子のことだ、あんなにも深く他人と関わり続けられていたとは思っていない。
だから、感情しか分からない…どうすればいいのか分からない。
そしてあの子は、それを全て自分でなんとかしようと抱え込んでしまう。
誰かに頼るということが、あの子にとっては最も苦手な分野なのだ。
「接吻の一つでもしてやったのか?…千年以上も経って、もう再会することを信じられもしなかったんじゃろ?あの子は」
「接吻て…、もうできませんよ、そんなこと。今は大切な人がいる」
「大切なって、…浦原、貴様こそ澪にとって特別大切な存在だろう」
朽木さんの一言に、どこかふわふわしていたじぶんの思考がハッと現実に引き戻されたような気がした。
