第11章 縁というもの
「残念ながらそこには私という名の先約がいるのだよ、敦君」
「え?でも太宰さんって前にお母さんって言われたんじゃ「それは断ったと説明しただろう」なんででしたっけ…」
「あの子の父親的存在は、一応は中也だからね。育てと名付けの親だから。そこと夫婦だなんて絶対に無理だ、ポジションだけでも吐き気がする」
成程とすぐに納得した様子の敦君。
歳が離れていて包容力もあって、尚且つ蝶ちゃんの心を最も早くに掴んだ織田作が、どうして兄のようなものなのかというと、それこそまあ歳というものに関係してくる。
中也が兄のような存在にならなかったのは、蝶ちゃんがあまりにも長くを生きすぎてきてしまっていたせいだ。
中也も当時は十四辺り、言ってしまえばやはり餓鬼。
今でも十分小さいのに、それに輪をかけてさらに餓鬼だった。
まだ心を開いてもいなければ尊敬をするようになる程何かをしたわけでもなかったし、何よりあの子からしてみればただただわけのわからない存在だっただろうから。
だから兄なんてものにはならず、環境的な要因から父親のような位置付けや感覚になってしまっていた。
一方織田作の方なんかは、恐らく精神年齢が合う部分があったのだろう。
だからこそ最も早くに打ち解けて、すぐにでも慕い始めることができた…まあ中也に関しては本能的に慕っている部分もどこかにはあっただろうけれど。
なんでも話せる相手、なんでも話したい相手。
本人曰く一人っ子であったらしいから、感覚的には歳が近いし、父親というよりは兄だったという。
「それにあの子の兄はもうずっと決まっているからね、私は代役さ、代役」
織田作自身もそのような感覚だと話していたのをよく覚えている。
見た目はどうあれ、やはり中身はただの子供ではなかったのだから。
「代役?…あ、もしかしてさっき蝶ちゃんの言ってた本家の事ですか??」
「そうそう、谷崎君は中々理解がいいね。私の友達さ、悔しいけれど蝶ちゃんは本当に慕っていたからね」
「あんたに対してよりも慕っていたっていうのかい?」
「本人的には今はそれ程変わりないだろうけれど、相当大事な存在だったはずだよ。何せ、中也に蝶ちゃんが甘えられるようにと色々手を回していた張本人だからね」
そんな人間が…と、やはり驚いている様子。
「そ、その人は今いったい何を……?」
「ああ…亡くなったのだよ」
