第9章 退紅(あらそめ)scene3
「俺さ…智くんがあんなことになって、もうなにも信じられなくなった」
智くんの顔を見られない。
でも言わなければいけないと思った。
「だって…俺は男だし…」
そう言ってしまうと、もう堪えきれなくなった。
涙がとめどなく溢れてきた。
ぽたぽたと二人で買ったラグの上に涙が落ちる。
薄いブルーのラグは、智くんが気に入ったものだった。
「智くんに、子供をあげられない…」
体の前で組んだ手に力を入れる。
「だから…智くん、あの子と付き合ったんだよね?」
家にまで上げて…楽しそうにしてる二人の絵が浮かんだ。
柔らかな女の身体を抱く智くんまで想像できた。
「幸せに…なってよ。俺にはしてあげられないことが、彼女にはたくさんできるだろうから…二度と会わないなんて言わないでさ…」
そう言ってしまうと、もう言葉が出なかった。
流れ出る涙を拭えなかった。
「お願いだから…智くんから終わらせてよ…」
コーヒーカップに手を伸ばした。
ぎゅっと握り締めると、あの時の事を思い出した。
智くんの気持ちがわからなくて…
殺してしまいそうになるくらい狂って…
あの時と同じだ。
今の俺は自分の気持ちを押し殺して、自分を殺しそうになるのを必死でこらえてる。
最後の審判を聞くまでは…
無駄なあがきだと知りながら…
智くんが最後に示してくれたこのコーヒーカップ。
これは、俺の心を開く鍵。