第9章 退紅(あらそめ)scene3
手のひらにある鍵を握りしめる。
これは…大野智の心を開く鍵…
「智くん…」
「なあに?翔くんどこ行ったの?」
「俺は、ここに居るよ?」
「出て行っちゃった」
そう言って心細い顔をした。
「智くん、ちゃんと見て。俺が翔だよ」
「ちがうもん」
ラグに座り込む智くんに近寄り、しゃがみ込む。
ローテーブルからコーヒーカップを手にとった。
「俺に出してくれたこのカップ、俺はわかるよ?」
俺を見る智くんの目が揺らいだ。
「初めて智くんを抱いたときに、俺が出したカップだ」
じっと智くんはカップを見つめた。
それからゆっくりと俺の顔を見た。
「わかるね?俺が翔だよ」
ぶんぶんと頭を横に振った。
「ちがうもん…ちがうもん…」
後ずさっていく智くんをじっと眺めた。
「俺も…逃げてごめん…だから智くん、戻ってきてよ…」
コーヒーを飲み干すと、カップをテーブルに置いた。
「美味しいね…智の淹れたコーヒー」
そう言うと智くんの目から、涙が零れた。
「久しぶりに飲んだな…ありがとう…」
思えば、宮城に行くずっと前から…
こうやって智くんにコーヒーを淹れて貰うこともなくなってた。