第44章 ・スマホと大切なもの
大平が笑い話はここで終わるかに思われた。が、
「言うタイミングを逸していたが」
若利は言った。
「文緒はまだ嫁じゃない。」
今更か。
「誰かこの律儀系大ボケ野郎何とかしろ。」
「瀬見さんそりゃ無茶ってもんです。」
プルプルする瀬見に川西がボソリと呟いた。
そんなこんなを経てその週の休みの日に文緒は携帯電話ショップに向かう事となる。ポテポテ歩く年齢不詳、スタスタ歩くキリッとした女性、更にノシノシと歩くでかい野郎、人目をひいたのは言うまでもあるまい。ショップに入る時だって文緒は義兄が入り口の鴨居に頭をぶつけたりしないだろうかと思った。その心配はなかったけれど。
ショッピングモール内にあったそこでは既に何人か客が順番を待っていた。親子は表に備えられた椅子に座って順番待ちをする事になる。
「やはりお休みの日は混みますね。」
文緒が言う。
「ああ、早めに出たのだがな。」
会話する兄妹に対し母は黙っている。特に語る事がないのか兄妹を邪魔しないようにの配慮か。しばらくすると幼い子供とその子供を抱きかかえた母親がやってきた。
「よろしければどうぞ。」
文緒はぴょこんと椅子から立つ。相手は礼を言ってそこに座り文緒はそのまま立っていようとした、が
「兄様っ。」
文緒は若利の膝をペシペシした。先程文緒に席を譲ってもらった母親が固まり、抱かれている子供が笑っている。
「降ろしてください。」
よりにもよって携帯電話ショップで膝に乗っけられた文緒は俯いて呟いた。
「不満なのか。」
「恥ずかしいです、降ろしてください。」
「お前も立ってばかりでは疲れるだろう。」
「大丈夫です。」
「では俺が立っておこう。」
「兄様を立たせるなんてそんな。」
「俺は鍛えている。問題ない。」
先の親子が必死で笑いをこらえている。周りの客も見える範囲の連中が思い切り見ている。流石に息子のボケっぷりを見かねたのかとうとう母が立ち、文緒さんはこっちに座りなさいと言い出した。
「申し訳ありません、お母様。」
母は文緒にはいいのよと呟き、息子に外では程々にしろと言ったでしょうと苦言を呈する。