第30章 ・ウツイの娘 その2
山形が言う頃にはもう遅い。文緒は穴に入りたい心境で俯き、ビクともしないのを承知で若利の腕をペシペシしていた。
「何を動揺している。」
「普通はします。」
「そういうものか。」
「今皆さん私の事を兄様がいないと眠れない子だと勘違いされてます。ああ本当に何て事。」
「落ち着け文緒俺は大丈夫だからっ。今のは若利のいらん事言いが悪いっ。」
「俺も大丈夫だぞだから泣くなっ。」
「泣いてはないよ、五色君。」
「文緒ちゃん親衛隊のフォローがすげー件。」
「天童は面白がりを大概にしなさいよ、何か太一が真似してる気もするし。」
「俺のは自分の意志です。」
「なお悪いだろ、馬鹿。」
「文緒さんにデレた賢二郎に言われてもなぁ。」
白布はこいつと川西を睨んでからすぐ牛島兄妹に目をやり、高速で言った。
「ウダウダ面倒臭い、とりあえず嫁は落ち着けいつまでペシペシやってんだ牛島さんは嫁に油断するなというくらいなら内的なラブラブ事情をベラベラ喋らないでください、聞いてる方が困りますまったく。」
有無を言わさない勢いの白布に牛島兄妹は一瞬ピタッと止まり、
「すまん。」
「すみません。」
その声は綺麗に揃った。
天下のウシワカが義妹と一緒に後輩に怒られるというそれはそれは珍しい光景だった。
更にその後の話である。
「しっかしまー今日はびっくりしたねえ。」
天童が言う。牛島兄妹とはもう別れていて残った野郎共だけで歩いていた。
「まさか文緒ちゃんの前の名前をあんなとこで聞くなんてさ。あと若利君が、キヒヒ。」
「天童、笑い方がマジの下衆だぞヤメロ。まあそれは置いといても何かなあ」
首をかしげながら言うのは瀬見である。
「事情は察したけど親が名乗らせなかった理由にしては弱くね。」
「まあそこはそれぞれ家の事情だろうから詮索するだけ、な。」
大平が苦笑し、白布も淡々といいじゃないですかと言う。
「当の本人が自分はもう牛島なんだって思ってるんなら問題ないでしょう。」
「牛島さんは完全に嫁にする気だしな。」
「おう、何かにつけてまだ嫁じゃないだもんな。」
「それが決まり文句と化してるのもどうかなって思うけどな。工はまたどうしたんだ。」
「な、何でもないです大平さんっ。」
「顔が赤いよん。」
「やめてやれ天童。」