第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
じっとそれを見たまま、自問自答するような兼続をそのままに
秀吉は光秀と話し始めた
「顔は覚えていてくれたようだが、名前は忘れられたか」
「なんだ?忘れられたのが、そんなに悲しいか?」
「…あたりまえだろ。俺は、湖の兄…のようなものだったんだぞ」
「なるほど。その役を、ここの忍びに取られてお前はすねている訳か…」
「あほぅ…そんなわけあるか。だが…忘れられたのは、確かに悲しいと感じるな…」
そんな話、兼続には耳に届いては居ない
(ああああ…ッ見たい!この包みを開きたい…)
「けんしんさま、はやくっ」
「解った」
「おい、湖。そうな風に謙信を引くな」
廊下より声が聞こえる
広間の襖は開けられたままだ
そちらへ顔を向けていれば、見えてきたのは
まずは、湖だ
先ほどの姿のままで、にこにこしながらその顔を見せた
そして、彼女の小さな手はがっちり後方の人物と結ばれ、その人物を引っ張っているような体制だ
それが見えれば、姿を現せたのは謙信と、その後ろから信玄だった
秀吉は、その姿に眉を一度潜ませ一礼する
「…お久しぶりです」
「久しくは無いだろう。お前達の顔は先日見たばかりだ…安土はたいそう暇そうだな」
謙信は二人を見ると、ため息交じりにそう言いながら広間へ入ってくる
「そうですね、平和だと言うことでしょう」
それに光秀がにやりと口角を上げ答える
「いくさがないのは、いいことだよね?ね?けんしんさま、ととさま」
「そうだな…」
信玄は、湖の言葉に一応返答してみせるが、謙信は眉間の皺を寄せるだけだ
「もう、けんしんさま」
腰を下ろした事で謙信の表情がよく見えた湖は、その皺を見てぷっくり頬を膨らませると、そのまま謙信のあぐらの中へ当然のように収まった
だが、信玄に
「こら、湖。一応客人の前だ。こっちに来い」
と手招きされると、不満そうな顔を見せながらそこから体を退くのだ
そして、信玄の横に湖が座った頃
部屋には、幸村と佐助、それに白粉という新たな人物が入ってきた
全員が揃うと、秀吉はこう口を開き始める
「三成から、湖の事について報告を受けた。ずいぶん、よくしてもらっているようだな」