第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
金平糖を握った湖は、小さくそう言う
信玄はそんな湖を何も言わずに抱きしめた
「湖は、良い子だ。解ってる」
「…うん…」
小さな頭が信玄の肩にコツンと乗る
「良い子だから、そろそろ泣き止んでくれ。俺の姫は、何をしたらその涙を止めてくれるんだい?」
「「おまじない」」
「ん…?「まじない」か…お安いご用だ」
「「あ」」幸村と佐助の声が発せられたのと同時に湖のまぶたに信玄の唇が触れる
優しく、両まぶたに
「これでいいか?」
「…ととさま、これからまいにち、湖のおふとんね…」
「布団?」
聞き返したのは佐助だ
「あーー…あと半月だけな。次に大きくなるまでなら、いいぞ…」
これには、信玄は困ったように答えるのだ
「布団…」
今度「布団」と言ったのは幸村だ
「やだ。ととさまは、湖をなかせたの!ずっと、おふとんだもん!」
「…じゃあ、そのつぎ大きくなるまで…それ以上はだめだ」
「なんで?」
「…十二になれば体つきがかわってくるからだ」
「なんで、変ったらだめなのっ」
「なんでもだ」
「じゃぁ、湖。大きくなるのやめるもん!」
「「「それは困る」」」
困り笑いをする信玄と、淡々とした表情の幸村と佐助の声が合わさった
そして…
「それは、困りまする!」
「小さいままの湖様ですか…?」
新たに二つの声が加わった
さらに、
「…湖、なんでお前が泣いている?」
それは、一瞬で周りに冷気を感じさせるような声だ
「あー、謙信…面倒な奴が来たな…」
「信玄、貴様。湖に何をした」
謙信の手が腰元の刀に運ばれれば、前に居た兼続があわわと謙信の名を呼ぶのだ
「けんしんさま?」
謙信の親指が、湖の目元に優しく触れ、残っていた涙粒を攫って行く
「何があった?」
「…あのね」
湖がおもむろに口を開けば、信玄がそれを遮るように唇を指で押した
「解った。約束は飲む。ただし、大きくなったら鈴の時だけだ」
「うん!…けんしんさま、なんでもないの。ちょっと、めがいたかったの」
はぁーとため息を零す信玄に、後ろから幸村が「本当に約束しやがった」とあきれ顔を見せる