第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
「…湖、さっき…俺の所に来ていたか?」
「…にーさまといたよ。ね、にーさま」
湖は、内心ぎくりとするものの、その表情を見せないように佐助の方を向くと、佐助の着物を引いた
「ええ。湖さんは、俺の部屋で遊んでましたけど…どうかしたんですか?」
「なら、質問を変える。つい先ほどまで、鈴だったか?着物が朝と違うな、湖…」
「…鈴だったよ…あ、それでね。にーさまと今、おはなししてたのよ。きをつけるようにって、かねつぐと、みつなりさまにもいわれて…」
誤魔化すように、笑いを混ぜながら答えた湖だが、言葉が詰まる
信玄が笑わないからだ
「…湖、何か俺に言うことはないか?」
「なんで?」
「湖…」
じっと見つめられ、湖の目からぼろりと涙が零れ始める
「なんも、ないもん…っなんで、ととさま、おこってるの…」
「怒っていない」
ぼたぼたと、大粒の涙が零れ始める
湖は拭こうとも隠そうともせずに、信玄を見つめたままで口を閉ざす
幸村が、そんな様子に黙っていた口を開き
「どうしたって言うんですか?…らしくない」
「…らしくない…か…」
女子どもに滅多に取らない態度を取る信玄に、幸村が驚いているのが解る
確かに、らしくはないかも知れない
(だが…あの香りは湖のものだ。そして、この体が調子が良いのもおそらく…)
湖を見れば、歯を食いしばったように口を閉じ信玄を見ているのだ
ぼたぼたと落ちる涙は留まることを知らないように
(なんで、おこってるの。湖、わるいことしてないもん!もやもや、やっつけてるのに、なんでおこるのっ)
「湖」
信玄に呼ばれ、あからさまに肩を動かし動揺する湖は、今気づいたかのようにその視線を外し、佐助にしがみつく
「…信玄様、湖さんは俺と一緒にここに居ましたよ。白粉さんも一緒でしたので、必要があれば確認ください。…何があったのかは解りませんが…こどもに、そう詰め寄るのはどうかと思います」
佐助は、湖の背中に手を回すと優しく叩く