第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
『…なんだ…?まさか、私が信玄に嫉妬しているとでも思っているのか?』
(っ、ちがうけど…誤解されたくなくて…)
『なんの誤解なのか…心配するな、驚いただけだ。なるほどな…だから、ああもわかりやすく雰囲気が変わった訳か』
思うところは色々ある
だが、湖に家族が増えることは賛成だ
白粉は近いうちにこの世からいなくなる身だ
自分が去っても、どんな時も湖の側にいてくれる者が出来ることは、白粉にとって安心になるのだ
それに複雑な思いが沸くのは、今は胸に秘めておく
湖に悟られないように表情を整えて白粉は尋ねた
『では、次は「ききたい事」か?これ以上に私を驚かせるのは止めてくれよ』
(聞きたい事…)
少しの間を取り、湖は白粉の横腹から頭を離さないままで聞いた
(あとどれだけ側にいれるのかってどうゆう事か教えて。かかさま)
白粉の小さな鼓動が早まる
どくん、どくんと
額をくっつけたままの湖にも、それは聞こえていた
『何のことだ』
(昨日「私は、あとどれだけ側にいれるのか」って。かかさま、言ったよね)
『湖…』
昨日、褥の上で目を開けていた鈴の姿を思い出す
確認をせずとも、疲れて寝たのだから湖ではなく鈴だと決めつけていた
いや、思い込んでいたのだ
『湖だったか…』
(ごめんね、かかさまと兼続が楽しそうに話声で起きて…ちょっとお邪魔しに行こうって思っただけだったの…でも…だから、聞けたの。かかさま、教えて。一体どういうことなの?)
人の気配が動き出す
日が上がり、女中達が仕事に動き始めたのだ
『…聞き違いだ。寝ぼけていたのだろう』
(っ、そんなわけない。なら、どうして、かかさまの心音が早くなるの!?)
『…私は、お前が大切だ』
(知ってる。かかさまは、いつだって私を大事にしてくれる)
『私は…お前のかかさまでいいのか?』
がばりと頭を上げれば、自分の方を向く白粉の目は悲しげなのだ
(怒るよ…かかさま。もしかして、かかさま辞めて居なくなるつもりだったの!?血が繋がってないのは、知ってる。それでも、かかさまは湖のかかさまでしょ!)
『そうだな…私は、お前の母親だ。大人になるまでの…母親役だ』