第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
(役ってなに?大人になるまでって…かかさまは、ずっと湖のかかさまでしょ!かかさまも、信玄さまも「大人になるまで」とか「大人になっても」とか…私は、私だよ。忘れている事を思い出しても、私に変わりは無いんだから。勝手に「大人」って境界線つけないで欲しい…)
悔しそうに目を細めた湖に、白粉は小さく息を吐いた
『そうだな、お前はお前だ。大人になっても、記憶を取り戻しても変わらないだろう』
(っ、そうだよ!変わらないもん!)
ふふっと笑う白粉に、湖もつられて機嫌の良い鳴声を上げた
(かかさまは、ずっと私のかかさまだよ。急に居なくなったりしたら怒るんだからね!)
『そうか…』
屋根から聞こえる猫の鳴声に、佐助は部屋から出て上を見上げる
「やっぱり、白粉さん…それと…たぶん湖さん。今日は早起きですね」
上の二匹にその声は届いた
返事をするように鈴の鳴声が聞こえるのだ
「そろそろ兼続さんが起こしに来るよ、湖さん。居ないと探し回るだろうから、二人とも降りてきてください」
そんな佐助の言葉に、湖は一つ思い出したとばかりに目を開く
『?』
(かかさま、兼続の事。好きでしょ?)
ふふんっと、いたずらな目つきの湖に白粉は瞳を見開く
(かかさまが、兼続と結婚したら。湖のととさま、また増えるね)
湖はそう言うと、逃げるが勝ちとのように佐助の待つ下にと飛び降りた
残された白粉は、この短い時間で湖から伝えられた事をすべて処理できずにいた
屋根の上から遠くを見ながら息をこぼす白猫
(大きくなって、周りをよく見るようになってきたな…)
自分の表情もよく見られていると、白粉は思った
(獣のせいか妖のせいか、一度警戒心を出してしまうとしばらく続いてしまう。雰囲気を感じ取って、信玄の事を言い出せずにいたのだろうな…しかし、昨日は気を抜いた…いや、気を抜いたわけではないのだ。湖はいつものように寝ていると、気が緩んでいたんだ)
『佐助の声に助けられた』
(正直、父親役が本当の父親に変わるのは複雑だ…同じ人同士、湖には決して悪くない話であるのに…喜べないとはな…ずっと小さいまま自分の中に閉じ込めておきたい等…)