第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
同じ日、別の場所では…
「北条の残党か…」
「はい。何処で我らの…顕如様の事を知ったのかかぎつけ参っております」
「……今川義元がまだ生きていたとは…桶狭間ではまんまと織田を騙したか、運が良かったのか。だが、あの城主…なぜ表舞台に顔を出したのか。織田とのやり合いであれば、隠れて期を待てば良いものを…中途半端に北条を潰すために舞い戻るとは…」
険しい表情の顕如に、側に居た男が懐から紙を出しながら言う
「織田と上杉武田で密かにされた休戦協定…それと何か関係があるのでしょうか?」
その紙は、上杉武田織田が密かに協定を結んでからの行動記録だ
時折、織田軍の武将が越後に行っていることも
何人か連れ添って飯山城に向かっている事もその書面に記されていた
(飯山城に何かあるのか…?両軍が協定を結ぶほどの…)
「あの女の消息は掴めたのか?」
(織田で何かがあって始末されたのかとも思ったが…明智まで動いての捜索だったからな…おそらく失踪なのだろう)
「いえ。ただ、織田が探すのを止めたようにも見られます…元々失踪も捜索も大々的にはされておりませんので、憶測なのですが…」
(女の…湖の失踪後、越後で「刀の化身」の妙な噂も立った…あれは、北条が越後に手をかけ始めた頃だったな)
「……北条の残党に会う」
「よろしいのですか?」
「なに…まずは、情報を集めるだけだ。利用出来るものは、させてもらおう」
安土の森奥、顕如が隠れる寺で誰にも知られず北条との接触があった
そして彼は勘付いてしまう
「何…?上杉謙信が幼子を?」
彼らは、佐助と謙信に追い払われた者だった
北条と今川の合戦で敗北し、余計に織田と協定を結んだ上杉を憎んだ
今川に負けたのも、上杉追い返されたのも本人達のせいだ
話はただの逆恨み
だが、そこには顕如の知らない情報もあった
栗色の髪の毛の幼子、上杉と共に馬に乗り視察に向かったのだという
越後に、幼子
しかも、女子がいるとは聞いた事がない
(あの刀の化身の噂…あれは、一概に噂では無いと言うことなのか?)
「幼子の名は?」
「知らぬ。だが、上杉は大層大事にしている様子…あの幼子を使えば、この恨み…晴らす機会は得られるはずだ」
(…探りを入れるか)
顕如の頭に、行方不明になった女の顔が浮かぶ
湖の顔だ
(…猫に変わる不思議な娘)
