第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「兼続?」
「そ、某、少々水場に行って参ります」
「あぁ。それがいい」
だだだっと駆けていく兼続の後ろ姿を見ながら、自分の口元に手を当てる白粉
(我の半分も生きていない若造なのにな…いや、若造だからか…)
「からかいたくなる…悪いな、兼続」
ふっと笑うが、それはつかの間
次の瞬間には、苦笑いになっているのだ
「なにやってるのだ…私は」
吐き捨てたような言葉
後ろ手を襖に掛けて少しだけ開くと、そこから見えるのは褥に居る鈴の姿
リリンっと、軽やかな鈴の音を鳴らし白粉の足下へとやってくる
みゃーん
(鈴に変わったか…)
視線を鈴に置いたまま、白粉は寂しそうな表情をした
「湖、鈴…私は、あとどれだけ側にいれるのか」
湖が大きくなるたびに、自分の時間が終わりに近付くのは理解している
終わりが近くなればなる程、大切で離れがたい娘
同じくらい自分の中で存在感を持ってしまった男
「今更、知ると思わなかったな…」
するっと部屋に入っていく白粉の足下に落ちる着物
姿が変わった白粉
その白い猫の元へ、嬉しそうに鳴きながら鈴が身を寄せる
『私の命をつないだ者、化け物になった私を助けて、怨念を消し去った…私の、大事な娘…』
(あと少しだけ、少しだけ、ままごとのまねごとをさせてくれ。私は、離れがたい…そう思っている。おかか様の言っていた未練とは別物だ)
フルリと尻尾を振ると、外に聞こえたのは悲しそうな猫の鳴声だった
(無様にも、見守り続けたいと思ってしまう)
それに反応したのは、庭先に現われたコロと村正
板張りに足を乗せ、部屋の中の様子を静かに見守っていた