第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
前に佐助と幸村、後ろに信玄と謙信、そして間に湖の位置で進んでいた
湖を見ていれば、その頭がたまにかくんと揺れるのだ
「おーい、湖」
信玄の声に先頭を行く佐助と幸村が振り向く
その表情を見れば、言わんとしている事も解る
二人は馬を止めると、湖の両横に付くのだ
「寝てる…こいつ、寝てるよ…いい加減な奴だな、あぶねーっーの」
「海ではしゃいで、馬も駆けて、疲れたんだろう」
「信玄様は、こいつに甘すぎる」
そんな話をしていれば、湖の手から力が抜けたのか
佐助の方へと身体が傾き、寄りかかるようになったのだ
「…佐助、湖を寄こせ」
「謙信様」
城に着くまであと少しのところで、寝てしまった湖を謙信が
風花の手綱を佐助が馬に繋ぎ、春日山城へと戻ったのだった
あと三日で十五になる姫が春日山城にいる
登竜桜の元への祝いの品、主には酒だが
それ以外にも、登竜桜の元にいる動物たちに果物
湖の晴着
「白粉殿、湖様は?」
「あぁ。まだ寝ている。余程楽しかったんだろう、寝ながら笑っている」
部屋から出てきた白粉に声をかけたのは兼続だ
「謙信様からも話を聞きましたが、海ではしゃぎ、馬を駆けたと。途中で、謙信様のお着物が運ばれましたので、かなり水を浴びていると思いますが…体調は問題なさそうでございますか?」
「支障無い。あれは、完全に遊び疲れだろう」
湖の寝姿を思い出しながら白粉は、表情柔らかく笑う
その表情は確かに母親のものなのに、いつもより幼くも見え、兼続の視界がチカチカと光るのだ
ごしごしっと、目を擦る兼続に
「なんだ?ゴミでも入ったか?」
「いえ、支障ありません…なんでしょうか?一瞬視界がおかしかっただけでございます」
「…お前は仕事のし過ぎでは無いのか?見せてみろ」
白い細い指が兼続の頬に触れると、顔を引き寄せ、兼続の目を観察する白粉
長身の白粉と兼続の背はさほど変わりがない
「特に…なにも入っていないようだが、違和感があるなら水で流せ」
「……」
「…兼続?聞いているのか?」
「っ…、か、かしこまりましたっ」
白粉の両手首を握ると、ばっと自分から引き離なす兼続の顔は真っ赤だ
「兼続?」