第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
シュッと襖が開くと、ぽたぽたと水滴が落ちる音が聞こえた
「ととさま、あ。謙信さまと、兄さまもいた」
よく暖まったのだろう
頬を火照らせた湖が襖に手をかけこちらに出てきた
「湖、お前。髪を拭いてないなぁ」
懐から手ふきを取り出すと、信玄が湖の頭にかぶせ
緩やかにその髪を拭く
「んっ。ふいたよー」
「これは、拭いたとは言わないだろ」
信玄の肩より下の高さにある湖の頭
髪を拭いていれば、香ってくるのは優しげな甘い香りだ
「ありがとー。ととさま」
「…この香り魅力が強すぎるな」
「かおり?」
信玄の言葉に首を傾け、自分の髪を一房すくうと、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草を見せた湖だが、余計に疑問の色が目ににじみ出てくる
「はは、わかんないか。さて、部屋に行くか、湖」
「うん。あ、謙信様のお着物。謙信様も湯浴みする?」
「不要だ。部屋に向かうぞ」
「はい」
謙信の後について信玄と歩き出そうとすれば
「あ、湖さん。これ、どうぞ」
「兄さま?」
湖の目の前に小さな小袋を出してきた佐助
「これ、なぁに?」
「兄様の仕事仲間から貰った金平糖」
「金平糖っ!わぁっ、兄さま、ありがとーっ」
シャラっと音を立てて湖の手に収まった小袋
その袋を大事そうに持ちならが、湖と佐助も信玄の後を追って部屋に向かった
部屋に入ると謙信が着替え、信玄は湖の髪の水を手ふきで拭いていく
そうこうしていれば、間もなく幸村も部屋に戻ってきたのだ
「佐助、あいつ、どーにかなんねーのか」
「あいつって、一応聞くけど、段蔵のことだろうか?」
「そーに決まってるだろっそれ以外誰がいる?!」
戻ってくるのが遅いと思えば、何かちょっかいを出されたらしい幸村は、いらついている様子を隠さない
「だんぞう?」
「あー。湖は、知らないか…いや、会ったことは何度もあるんだろうが、常に違う顔だからなぁ」
「気にする必要はない」
「ととさま、謙信さま…その言い方、すごく気になるんですけど…もしかして、この金平糖くれた人?」
袋から出してみれば、この金平糖は小指の爪先程度の小さな白い金平糖だった
「あれ…?」