第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
手の平に転がった金平糖は今までと違って
「どうした?」
謙信が尋ねると、湖は金平糖に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ仕草をする
「なんか…いつもより甘くて…お花?んー、なんだろ、なんかのいい匂いがする」
「は…? 湖さん、ごめん。それ一度返してくれる?」
「えぇー。これは湖のだよ、兄さまがさっきくれたんじゃない」
シャランと音を立てた金平糖の袋を湖が両手で隠し佐助から身を逸らす
「…ごめん、確認しなかった俺が悪かった。少し嫌な予感がするので、それを返してください。代わりに明日には新しい金平糖を用意する」
「佐助?」
「幸村、ごめん。湖さんの金平糖の方が先」
「…なんだ?それ、さっき段蔵が持ってきたやつだろ?」
幸村と佐助の視線は湖の手の中の金平糖だ
「…湖、寄こせ」
謙信も何か気付いたのか手を差し出し、金平糖を渡せという
三人から渡すように言われ、信玄の方を見ても頷くだけ
仕方なしに、湖は謙信の手にその袋を乗せた
そして謙信は、そのまま佐助に金平糖の袋を手渡す
「佐助」
佐助は、袋の匂いを嗅ぐと
ぴくりと眉を動かし、目の色を変えた
(あれ…?兄さま?)
それは、今まで湖が見たことのない鋭いものだったのだ
「段蔵さんとは、少し…いやかなり話し合いが必要なようです」
ぐしゃりと袋を握りしめると、自分の懐へとしまってしまう
「まさか…毒じゃないだろうな…」
「毒ではない。だけど、ある意味毒よりキケン」
淡々といつもより簡易口調の佐助
その視線は幸村に向けられず、平行して考え事をしているのは解る
「甘い花のような香り…おいおい…何考えてるんだ、段蔵は」
「おそらくいたずらのつもりでしょうが…アウトですね」
湖が振り向けば、信玄も同じように険しい表情をしているのだ
「あいつが、湖を害するとは思えねぇ…そんな危険なものなのか?」
「幸、お前は察しがそんなに悪かったかい?そうだなぁ…女の子に、甘い香りの薬…と言えば解るかい?」
幸村の疑問に答えるように信玄が返答すれば、少しの間を置き金平糖の袋と湖を見て、一気に頬を染め上げた
媚薬という答えにたどり着いたのだ