第35章 過去編:名前のない怪物
「泉!勝手な行動をするな!」
「――ごめん。」
謝る方が得策と判断したのだろう。素直に謝った泉に慎也はため息を吐く。
「日向チャン。武装許可してくれ。」
二人の間を割って入るように佐々山が言えば、泉は頷く。
「日向泉、監視官権限により佐々山光留執行官の武装を申請。」
『声紋ならびに、IDを認証・レベル2装備を認可します。』
無機質な機械音声が答えると、公用車の後部貨物スペースからスタンバトンと催涙スプレーが引き出される。
「さんきゅ。これで何かあってドミネーターが使えなくなっても、藤間をのせるな。」
その言葉に反応したのは、泉ではなく慎也だった。
「待て!」
「離せ、狡噛。」
佐々山の声色は思いの外冷たく、そのことが彼の決意の固さを物語っていた。
「扇島に不慣れな二係の連中がどんだけ駆け回ったって藤間を見つけられるはずがねぇ。俺と日向チャンが適任だ。」
慎也がハッと泉を見れば、彼女も同じようにスタンバトンを手に取っていた。
「佐々山くんの言う通りよ。慎也、ここは任せる。私と佐々山くんで藤間を見つけるわ。」
「バカを言うな!だったら俺と佐々山が行く!お前はギノとここに残れ!」
「ダメよ。私は霜村監視官から単独行動の許可が出てる。慎也は出てないでしょ?」
そのやり取りに慎也は内心舌打ちをする。
こうなった泉は絶対に折れない上に、良く頭が回るので誰よりも厄介な相手なのだ。
「泉!」
「時間が惜しいわ。慎也、お叱りは帰ってから受けるから!行くわよ、佐々山くん。」
「はいよ!じゃーな、狡噛!」
そう言った佐々山の言葉がまるで最後の挨拶に聞こえて、慎也は思わず佐々山の服を掴む。
「行くな、佐々山!」
「――悪ィな。これだけは行かねぇと俺が俺じゃなくなるんだよ。」
「お前が行っても、妹が生き返る訳じゃないんだ!」
その悲痛な叫びに、佐々山は一瞬だけ戸惑う表情を見せたがすぐに元に戻る。
「――行くわ。安心しろ。日向チャンは俺が守るから。」