第35章 過去編:名前のない怪物
泉は記憶の槙島を思えば、思い出を辿るように言った。
思い出したくても思い出せない、記憶の断片がもどかしかった。
「日向チャン?」
黙ってしまった泉に佐々山が手を伸ばしかけた瞬間、泉のデバイスが鳴り響いた。
「あ、まずい。慎也だわ。戻って来たのかしら。」
「狡噛?アイツ、今日非番じゃなかったのか?」
「急遽呼び出されたのよ。――はい、慎也?」
泉がデバイスに出れば、どこか怒ったような慎也の声がする。
『泉!お前、今どこにいる?』
「ごめん。すぐに戻るわ。――佐々山くん。痕跡残さないようにね。」
デバイスを切れば泉は佐々山にそう告げ、足早に分析室を後にした。
その後姿を見送って、佐々山は再び該当なしと出たモニターに向き直る。
少しだけ迷って、佐々山は検索ワードに『日向泉』の名を入れた。
ややあって解析が終了し、モニターに泉のデータが映し出される。
『日向泉、24歳。女性。厚生省公安局刑事課一係、監視官。両親は10歳の時に死別。広域重要指定事件60の唯一の生存者。事件当時は別荘におり、事件当時の記憶は一切無し。通称『揺りかご事件』は大学教授一家失踪事件として表向きは処理済。3ヶ月のセラピー療養後、父方の親戚に引き取られる。中学より桜霜学園へ進学。桜霜学園を主席で卒業後、公安局へ入局。以後、監視官として勤務。色相判定はオールクリア。サイコパスも異常無し。』
泉のIDで入っている為に、監視官権限レベルの情報が開示される。
佐々山は出て来たデータに、目を見開いた。
「――広域重要指定事件60だって?」
佐々山はすぐに公安局の極秘ファイルに検索を掛ける。
『広域重要指定事件60については、局長以上の権限で無ければ閲覧出来ません。』
出て来たエラーの文字に、佐々山は舌打ちをする。
そのまま少し考えて『揺りかご事件』をインターネットで検索を掛ける。
次々とヒットする情報は大半が有名大学教授の失踪事件と説明がついていたが、佐々山は一つだけ興味深い記事を見つけた。