第35章 過去編:名前のない怪物
「志恩に頼んでたデータを取りに来たのよ。そしたら席を外すから留守番してくれって言われたの。」
「そうか。しかしなんで佐々山がいる?」
「俺は日向チャンの番犬代わり。」
少しだけ不審そうに二人を見て、宜野座は部屋を後にした。
宜野座が退出した部屋で、佐々山は煙草を取り出そうとする。だが出て来たのは、空のケースだった。
「ッチ。」
ぐしゃりと空箱を握り潰せば、横から煙草が差し出された。
「くれんの?」
「いつも貰ってるからたまにはね。」
そう言えば、泉は自分も1本咥えれば火を点ける。口から煙を吐き出す様を佐々山はまるで見とれるように見ていた。
「何?」
「いや。美人だよなぁと思ってよ。本当日向チャン、美人だわ。狡噛には勿体ねぇって。」
その言葉に、泉は苦笑する。
「どうかしら。きっと慎也が私には勿体ないのよ。」
「日向チャン。教えてくれ。『マキシマ』は一体何者なんだ?」
懇願するように言えば、泉は煙草を押し消して笑った。
「残念だけど、何も言えないわ。と言うか私も知らない。槙島先生の消息は正直私だって公安局に入ってから幾度となく探したわ。勿論、この志恩のデータベースも。でもどれにもヒットしなかった。」
そう言って泉がデータベースを全エリアにして検索を掛けるが、相変わらずヒットはしなかった。
「だけど日向チャンは、『マキシマ』を知ってるんだよな?」
「槙島先生はね、私の初めての人なの。」
「は?!」
予想しなかった言葉に、佐々山は目を見開く。その様子を泉は面白そうに見ていた。
「学生時代にね、ふらっと現れた家庭教師だったのよ。叔母が手配してくれたんだけど、当の叔母は知らなかったの。」
「どう言う事だ?」
「分からない。突然現れて突然消えたのよ。今思えば、桜霜学園に何かお目当てがあったんじゃないかとも思うんだけどね。とにかく私が公安局に就職が決まったと同時に槙島先生は姿を消したわ。どれだけ探しても戸籍すら見付からなかった。」
「って事は『マキシマ』も無戸籍者?」
佐々山の問いに、泉は両手を上げた。
「可能性は無きにしもあらず、だけどね。でも槙島先生の身なりや言動からすると扇島出身とも思えないのよね。あれは割と良い家の出身だと思う。」