第35章 過去編:名前のない怪物
つい先程まで佐々山は、泉が自分と同じ意味で『マキシマ』に反応を示したのだと思っていた。けれども、違ったとしたら?彼女はあの男の存在を知っていたのだとしたら?偶然にあんな場所で再会をしたが為に驚いたのだとしたら?
「――まさか、な。」
けれども全てそう考えれば、辻褄が合う気がした。
「――何してるの?」
後ろから聞こえた声に、佐々山は心臓が止まるかと思った。
ゆっくりと振り返れば、そこには泉が感情の読めない顔で立っていた。
「日向チャン――。いつから?」
「最初から?志恩に用があったんだけど、佐々山くんの部屋で眠りこけてたから。」
泉はそう言えば、佐々山の近くに寄った。
「――公安局のデータベースで検索してもヒットしないと思うわよ。」
「やっぱり?予想はしてたんだけどなぁ。」
佐々山は軽口を叩くように、ポンとキーボードを押した。
『公共地域以外の画像検索は、個人情報保護法により制限されています。実行者はパスワードを入力し、認証手続きを行ってください。』
出て来たポップアップに佐々山は両手を上げて泉を見る。
泉はそれを見下ろせば、自分のIDカードを入れた。
『厚生省公安局刑事課一係、日向泉監視官。監視官権限を確認しました。』
モニターに『検索中』の文字が躍り、検索作業の進捗度合いを示すメーターが目盛りをゆっくりと増して行く。それを黙って見ている泉の横顔を佐々山は下から見つめていた。
「――なァ、日向チャン。俺のコト、好き?」
「何?急に?相変わらず変なコト言うのね。」
「ん~。ちょっと聞いてみたくなった。」
「そうね。好きよ?――余計な詮索をしない佐々山くんは。」
その返答に、佐々山は苦笑する。
やはり彼女は美しい女だ。美しくて毒を持つ女。
「――心配しなくても狡噛には言わねぇよ。」
「助かるわ。」
「一つだけ教えてくれ。コイツは今回の件には?」
「――前も言ったわね。首謀者じゃないわ、槙島先生は。」
その瞬間、後ろの扉が開く。
「お前達、何してるんだ。」
入って来たのは、宜野座伸元だった。佐々山は反射的にモニターの電源を落とした。
それを横目で見ながら、泉は振り向く。