第35章 過去編:名前のない怪物
その後、3人は佐々山の部屋で初めて酒を飲み交わした。
泉はキッチンを借りてつまみを作っていた。
「な~んか、良いな。こういうの。」
「なんだ?」
ウイスキーを傾ける慎也を、佐々山は面白そうに見る。
今まで酒なんか手を付けずに来た青二才のクセに、酒は強いようだった。
「いや。羨ましいと思っただけだ。お前、毎日日向チャンがこうやって飯作ってくれんだろ?」
「まぁな。」
あっさりと言って退ける慎也に、佐々山は不思議と怒りが沸かなかった。
でもそれがどんなに幸せな事なのか、きっと分かっていないのだろうとそう思った。
「大事にしてやれよ~?今時いないぜ?あんなイイ女。」
「お前に言われなくても分かってるよ。」
「だったら襲うな。」
「あれは――、もうしない。絶対に。お前に約束する。」
流石に反省したらしい慎也の態度に、佐々山はふっと笑った。
「何だよ。」
「いや。案外可愛いトコあんな、お前。」
「はいはい、お待たせ!」
二人の間に、泉が料理を持って来る。
「ぅお!うまそ~!!」
「まだあるからおかわりいるなら言ってね?」
「サンキュ!イタダキマス。」
両手を合わせれば、佐々山は勢い良く食べ始める。
それを見れば、泉も慎也の横に座って手を合わせた。
「良く考えたら昨日から何も食べてなかったわね。」
「あぁ、そうだな。」
慎也も頷けば、料理に手を伸ばす。
やっぱり泉が作ったものが一番口に合うのだと改めて思った。
それから3人は色んな話をした。
佐々山の過去――、亡くなった妹のこと。
それは泉も自分の過去に重なって何とも言えない気分になる。
「自殺の知らせを受けても、葬式にも行ってやれねぇ。」
「それでも――。辞めるな、佐々山。」
必死にそう言う慎也に、佐々山はゆっくりと頷いた。