第35章 過去編:名前のない怪物
「なんだよ。」
佐々山が振り返った瞬間、慎也はその頭を勢いよく前方に倒し大声で言った。
「すまなかった!」
慎也の良く通る声が、執行官隔離区域にこだまする。
突然の謝罪に佐々山はたじろいだが、頭を下げている慎也はそれに構うことなく、謝罪を続けた。続けたと言っても「すまない」と「俺は」を繰り返すばかりで、その先の言葉は上手く出て来ないようだった。何度も何度も言葉を詰まらせながら、佐々山に詫び続けた。
何が「すまなかった」のか「俺は」どうしたいのか、謝罪の趣旨は一向に明らかにならない。しかし、佐々山にとってはそれで十分だった。
泉に視線を向ければ、泉はどこか呆れたようにそれを笑って見守っていた。
「もういいよ。分かったから。」
優しく声を掛け慎也に頭を上げるように促したが、慎也はそれを頑なに拒んだ。
「いやっ、俺はまだ何もお前に伝えられてない!俺の思っている事の一割も――!」
ここで具体的な数字が出て来る辺り慎也らしい。こんな時まで律儀な慎也に尊敬の念さえ抱き、自分でも驚くほど素直に言葉が出る。
「いや。分かったよ。俺も悪かった。」
「俺は――。」
「ああはい、もう分かったから。」
「いや、分かってない!」
「分かった分かった。」
「分かってない!」
「おい、しつけーな。」
「佐々山ァ!」
「なんだよ!」
押し問答の末、慎也は絞り出すように言った。
「執行官を――、辞めるな。俺はまだ、お前から学ぶべき事があるんだ。」
この男は――、と佐々山は思う。
「やめねぇよ。」
その言葉に、慎也の頬が緩む。その反応が余りに素直なので、佐々山の頬まで緩んだ。
「変なやつ。」
「そうか?」
「執行官に謝る監視官は珍しい。」
キョトンとした慎也は腑に落ちてなかったみたいだった。
そんな慎也の様子に、泉と佐々山は目を合わせて笑った。