第35章 過去編:名前のない怪物
「ちょっと!」
黙々とモニターを見つめる神月の背後で、二係監視官青柳璃彩が声をあげた。
神月が身体を硬直させぎくしゃくと振り返ると、前下がりのボブヘアーをたゆんと弾ませながら冷たい瞳で彼を見下ろす青柳と目が合う。
「私の当直中に内職とは、随分勇気があるじゃない。」
そう言って、神月の肩にがっつりと腕を回すとモニターを覗き込む。
慌てて見ていたファイルを閉じる神月を「ふーん」と横目で見ながら、ぎりぎりと腕に力を入れる。
「あ、痛い痛い。爪が――。」
「薬品関連業者の洗い出しはもう終わったのかしら。」
「それははい。今すぐ青柳監視官の端末に送ります、はい。」
そう言うと神月は、モニター上に展開されていたいくつかのファイルを素早くまとめ、送信手続きをとった。すぐに青柳の左腕にはめられた監視官用デバイスが電子音を上げる。
青柳は送られて来たファイルにさっと目を通すと、満足げな笑みを浮かべた。
「うん。宜しい。で?何してんの?まさかアフィ稼ぎじゃないでしょうね?執行官の副職は法律で禁止されているのよ。」
「違います違います!仕事ですよ、れっきとした!」
神月は涙目になりながら、潔白を示すように先程まで見ていたデータを開いて見せる。
「桜霜学園?――誰の指示?」
青柳の目が鋭く光る。神月は黙っておくデメリットの方が多く感じたのか素直に答えた。
「――佐々山です。」
「佐々山くんですって?これ当たり前だけど狡噛くんは知らないのよね?」
「いや、そこまでは――。」
「おい。」
「あ、はい。そうです。あ!でも日向監視官は一枚噛んでますよ。」
「――泉が?」
その言葉に、青柳は少し考える。
「――日向監視官が一人で動いてる、か。何か掴んだわね、あの子。」
「青柳監視官?」
「分かったわ。この件、私が預かる。アンタはせいぜい霜村監視官にバレないように手伝ってやんなさい。」
「え?い~んスか?」
「その代わり、集めたデータは私にも送りなさい。良いわね?」
青柳はそう言えば、神月の側を離れた。
すぐに泉のデバイスを鳴らすが、彼女は捕まらなかった。