第35章 過去編:名前のない怪物
瞳子を学園に帰して、泉はようやく口を開いた。
「佐々山くん。」
「うい。なんスか、日向監視官サマ。」
「一服。付き合いなさい?」
ニヤリと笑った泉に、佐々山は苦笑した。
「男にバレたらまずいんじゃねぇの?ただでさえアイツ、ピリピリしてんのに。」
「だから内緒よ、内緒。あんなに機嫌悪い慎也、久し振りに見たわ。機嫌戻すのに骨が折れそう。」
煙草に火を点けながら言う泉を、佐々山は横目で見る。
明暗を両方備えている女だと思った。清廉潔白で誰よりも尊い一面を持ちながら、こうして煙草を嗜んだりする彼女は酷く扇情的に見えた。
「――日向チャン。藤間幸三郎って?」
「――そうね。佐々山くんになら話しても良いか。」
その言葉に、柄にもなく嬉しくなる。
執行官と言えど、自分はこの女に信頼を置かれているらしい。
「まだ内緒よ。二係が少し前に目を付けていたのが、藤間幸三郎。限りなく黒に近い白。そう言われて私はこの前青柳監視官と桜霜学園に行ったの。」
成程、と佐々山は思った。あの日、泉がいなかったのはそれが理由だったのだ。
「で?日向チャン的にはどうだったわけ?接触したんだろ?」
「黒よ。間違いない。アイツがきっとこの事件の首謀者。」
言い切った泉に、佐々山は何も言わなかった。
刑事の勘、女の勘、それは佐々山が武器にして良いものだと思っているからだ。
「ならヤツの周辺を洗いますか。しっかしどうやって狡噛とギノを説得する?やつら、勘だけじゃ聞いてくれねーぞ。」
その言葉に、泉は苦笑する。
「そこが問題よね。二人を相手にするのは骨が折れるわ。」
「――俺ァ、日向チャンの猟犬のつもりだからな。命令には従うぜ?ご主人サマ?」
ニヤリと笑った佐々山に、泉は口角を上げる。
「言ったわね。今回は共犯よ、佐々山くん。」
「勿論。光栄だぜ。」
「私はもう少し璃彩と連携を取ってみる。もしかしたら何か新しい情報が入ってるかも知れないわ。佐々山くんは、瞳子ちゃんと連絡を取っておいて欲しいの。多分――、あの子がキーパーソンになるわ。」
「了解。」
二人の密談を、慎也が遠くから見ていた事を泉は知らない。