第35章 過去編:名前のない怪物
「14歳で廃棄区画内で保護――?」
シャワーで濡れた頭をタオルでおおざっぱにかき回しながら、泉は佐々山と神月から送られて来た資料に目を通していた。
桜霜学園社会科教諭で瞳子の想い人――、藤間幸三郎の資料だ。
添付された写真データを見ると、あの日美術室で出会った優男が映っていた。
藤間幸三郎――14歳(推定)時、扇島地下廃道内で浮浪しているところを、人権団体により保護。
保護された際記憶喪失状態であった。
よってそれまでの経歴不明。
保護者らしき人物は発見されず。
戸籍無し。
「戸籍無し?藤間も無戸籍者だったってこと?」
資料に視線を預けたまま、ソファに座り込むと横に置いてあったミネラルウォーターを一気に飲み干す。
その後は児童養護施設で育ち、他から遅れること5年で教育機関を卒業。
本年度教師の職に就く。
メンタルヘルス、知力共に良好。
14年の空白期間を一切感じさせない成長に、施設関係者からの評価も高い。
「14年間も廃棄区画で浮浪児やってて、メンタルヘルスが良好?――成程、コイツも免罪体質者ってコト――。槙島先生が興味を持つはずだわ。」
なんとなく全貌が見え始めた事に、泉は少しだけ安堵をする。
その時、部屋の扉が乱暴に開けられる。
泉が驚いてそちらに視線をやれば、そこには怒りに狂った慎也の姿があった。
「――慎也?」
これはまずいと本能的に泉の脳内が警報を鳴らしていた。
慎也は黙ったまま大股で泉に近付けば、乱暴に彼女の身体をソファに押し倒した。
「痛い!何、慎也ってば!ヤダ!今、そんな気分じゃない!」
「――じゃあ一体どんな気分なんだ?佐々山とこそこそやって、俺やギノを出し抜いて満足か?」
その言葉に、泉は目を見開く。
「慎也?」
「青柳監視官から聞いた。桜霜学園の事を調べてるって。二係の神月を使ってまで、用意周到だな。何を掴んでる?言え。」
「――璃彩のやつ。」
さっき鳴ったデバイスに出なかった仕返しかと、泉は内心舌打ちをした。